現代語訳「我身にたどる姫君」(第一巻 その56)

 程なく権中納言もわざわざ音羽山にやって来た。同じように行方不明であることを伝えられると、これまではやる気持ちを押しとどめて過ごしてきた名残もなく、言葉では言い尽くせないほど悲嘆に暮れた。
「いったいどのような因縁《いんねん》で、このような恋の道で心を乱すのだろう。我ながら甚だ珍しく、思い掛けない心の気まぐれで、苦しい物思いにさいなまれるのか」
 様々に思い乱れながら歌を詠んだ。

  かぎりなく見えし夕べの春の花
  それや契りのかぎりなりける
 (暮れ時の春の花のように、この上なく美しく見えたあなたとは、あのまま別れる宿世《すくせ》だったのでしょうか)

 甲斐《かい》のないことを尼君に訴えても仕方ないので、心の中に押しとどめて都に帰った。
(続く)

 権中納言も遅れて音羽山にやって来ました。
 ある程度の理性が働くので言葉や態度には出しませんが、二宮と同様にショックを受けています。

 それでは、また次回にお会いしましょう。


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