現代語訳「我身にたどる姫君」(第一巻 その24)

「それにしても、主《あるじ》殿とは浅くはない縁のはずですので、わたしを親類の一人として数えてもらえないのは何とも残念なことです」
 そう言って権中納言は歌を詠んだ。

  武蔵野《むさしの》の古き跡《あと》ある道ならば
  通ふ心もあらましものを
 (武蔵野の古道のようにあなたと縁があるのなら、心が通い合ってもいいはずだと思いませんか)

 そこはかとなく嘆く様が見事だと思いながら、宰相《さいしょう》の君は歌を返した。

  いかでかは通ひもなれむ武蔵野の
  古野《ふるの》の道も行方《ゆくへ》知らねば
 (かつて野にあったという道を知らないのに、どうして通い慣れることができましょうか)

 やがて、尼君が数珠《じゅず》を古風に鳴らしながら近寄ってくる気配がしたので、権中納言は真面目な話題に変えた。
(続く)

 権中納言は相手が意中の「箏《そう》の女」ではないことに気づかないまま、宰相の君と歌を交わし合います。その直後に尼君が現れましたが、恐らく最初から様子をうかがっていて、不穏な空気を察して止めに入ったのでしょう。

 ところで、深窓の美女(箏の女)が見ず知らずの権中納言の前にいきなり出て来るとはとても思えませんが、そんなことも分からないくらいに権中納言は焦っているようです。

 それでは、また次回にお会いしましょう。


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