現代語訳「我身にたどる姫君」(第二巻 その23)

  雪氷《こほり》とづる山路を踏み分けて
  いく夜むなしき床《とこ》に寝《ね》ぬらむ
 (雪や氷に閉ざされた山路を踏み分けてやって来て、こうしてむなしく床で寝たのは何度目だろうか)

  ひと目見し人のなごりによそふれば
  涙に朽《く》つる床《とこ》の狭蓆《さむしろ》
 (一目見たあの人の名残にことよせ続け、この敷物も涙で朽ち果ててしまいそうだ)

 いつまでも姫君のことが忘れられず、まるで一緒に一夜を明かしたような顔で帰っていく道中は、さぞかし不本意だったに違いない。
 尼君は嘘をついた罪が恐ろしく、ありのまま打ち明けてしまいたいと悩んでいた。
「姫君の秘密を話しても問題になるような方ではない。しかし、皇后宮《こうごうのみや》の存命中に相談しなかったのに、これまで隠してきた両親の名をどうしていまさら明かせようか」
 そう思い直したのは見事な心延《ば》えだった。
(続く)

 二宮はかつて姫君のいた場所で一夜を過ごし、すごすごと都に戻っていきました。他人から見るとかなり奇妙な行動ですが、それだけ姫君のことが忘れられないのでしょう。また、悲嘆に暮れる二宮の姿を幾度となく目にしてきた尼君は、真実を打ち明けるべきか迷っていましたが、どうやら皇后の遺志を尊重して秘匿したままでいることを決心したようです。

 なお、尼君が嘘をついたことに対して「恐ろしい」と言っていますが、二宮にばれるのを恐れているのではなく、仏教で禁じられている罪を犯してしまったことに対する恐れです。――つまり、この何気ない表現で「皇后や姫君のためなら、死後に地獄に落ちても構わない」という強い意志が表現されています。

 それでは、また次回にお会いしましょう。


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