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少女と母親―異なる女性の描き方から生まれる"愛"『君たちはどう生きるか』感想

※記事内の画像は下記リンクサイトより使用しています。

※ネタバレあります。考察ないです。

遂に私も観た側の人間になった。
ほんのちょっとだけ声優とか予備知識だけ入れてしまってはいたが、何の粗筋も説明も聞かされていない状態でのジブリ体験はなかなか強く印象に残った。

好みはあれど、結論映画館で観れたことがかなり良い。
ちなみにインスパイア元の小説は未読。この作品自体は小説のストーリーには触れておらず、同名の小説を読んだ主人公の物語となっている。

以下、感想。


感想つれづれ

少し難解なストーリー性を持つ一方で、作品のメッセージはすんなり入って来る。「一回観れば充分」と言う人の気持ちも、「もう一度観たい」と言う人の気持ちもどちらも共感できる感じだ。考察は得意な人達に任せて、今回は徒然なるままに感想を書いていく。

主人公・眞人のイニシエーションストーリー

色々な観点から楽しめる作品だが、私の中では主人公・眞人実母の死と馴染めない学校生活や継母との暮らしを如何に精神的成長によって乗り越えていくかを中心に据えた作品だと思っている。

異世界で少女時代の実母と共に冒険をするという発想はファンタジー作品として素晴らしいが、それ以上に物語を産み出す大叔父様と、新たな命を産み出し、守っていく母たちやキリコという女性の存在が奇妙にシンクロしている脚本の手腕には舌を巻くものがある。

異世界では生と死という概念的な部分をキャラクターを通して表現することで、眞人が自らの心の傷をこれから作中でどう乗り越えていくかを示唆しているのだ。

これから産まれるもの
死んでいくもの

ここで描かれる表裏一体の現実世界と異世界を繋ぐ物語は、眞人だけではなく観た人の人生哲学にも大きな影響を与えるだろう。

個人的に好きなのは実母の残した小説『君たちはどう生きるか』を読んだ直後に眞人が継母・夏子を助けに走るシーン。森にふらふらと歩いていく夏子を無関心に眺めていた眞人の心情が大きく変化したことがよく表れている場面だ。


人物像をたった数カットで伝える細かいキャラクター描写

スタジオジブリのすごいところとして、とにかくアニメーションが第一に挙げられると思う。もちろん、例に漏れずこの作品も素晴らしい作画表現によって名作になり得ると思うのだが、もう一つ素晴らしいと思っているのは先述もしている心情描写

如何にも日本人的というか、少し前にネット上で流行った京都人の言い回しではないのだけれど、ちょっとした言葉尻のニュアンスからその人の性格や思考パターンの傾向すら読めてしまうほど台詞の作りが細かい。そこに人物の所作がプラスされることで、アニメーションとは呼べないほど写実的なクオリティになっているのだ。

特に、夏子と眞人が初めて言葉を交わしてからの数日間の夏子の空気感はすごい。

亡き母にそっくりという時点で既に眞人のHPにダメージを与えてしまう存在だった

夏子は大変に強かな女性であることが分かるが、そう感じる理由は眞人が自分に心を開いていないことを察しているような微表情にあったりする。
無理に眞人の歓心を買おうとすることはせず、しかし母としての役目を全力で果たそうとしている行動心理が手に取るように分かる場面が各所にあるのだ。

弓を打てるのはカッコいいが過ぎる
お屋敷といい、相当いいところの出なのだろう

そこからラストに向けて眞人との関係性が変わっていく部分も、視線を交わしたり手を取り合ったりすることで一歩関係がすすんだことが分かるよう、さりげなく日常レベルのリアルさを持って人間関係の描写が巧みに組み込まれていた。

そういう点でも夏子は結構好きな登場人物。彼女の発言やちょっとした行動から人間の生々しい感情が見え隠れするのが何ともたまらない。

例えば、思春期の少年にお腹に手をあてさせて胎動を感じさせる流れ。ほぼ初対面にしては随分積極的な感じがあるが、母としての主導権を眞人の感情に負けずに握りにいったのかもしれないというような強さも感じられる。
一方で異世界では眞人に向かってはっきりと「大嫌い」と言ってのけるが、一見眞人を守るために遠ざけようとしているシーンでも、もしかすると抑えつけていた本心の一部が出てしまったのでは、とも思わせられる。時代が時代とは言え、死んだ姉の夫の後妻になるという背景は、これまでの夏子の心はその人生の中でどのように変容してきたのだろう、と想像せざるを得ないのだ。

夏子同様、それと対照的なヒミの描き方も良い。

ジブリ飯シーン

明るく溌剌として強さを持っているヒミは、紛れもなく勇敢な眞人の母親であることを常に感じさせる。愛と賢さに溢れ、一歩間違えると女性への理想の押しつけにもなりそうな危うさもあるが、「お前を産めるなんて素敵だ」「火は好きだ」という別れ際の台詞が、母の死という悲しみを抱え続けた眞人にとって、物語の最後の最後で決定的な救いに繋がったことは言うまでもない。

眞人は少女である母と邂逅して旅をする。これにより、その間に生まれているのは性愛や母の愛とはまた異なる、もっとありふれた優しく温かいものであった。これが血の繋がりの薄い継母・夏子へも受け継がれていくように思う。



総合して心象に残るのは、やはりそのとんでもないアニメーションのエネルギッシュさ。映画鑑賞ではなく”浴びる”という表現が正しい。息遣いや温度まで伝わってきそうなライブ感ありきのとんでもないハイクオリティな映像作品は、世界に誇るトップレベルの水準だと改めて感じさせられた。

ストーリーについても今作はかなり哲学的だが、ちゃんと咀嚼していくと意外と普遍的なテーマで、まさしく「私はどう生きていくか」というような心に残るメッセージ性を受け取ることが出来る。

あと、ここまで読んでいただけたならお分かりの通り、私は映画を観ながら夏子と眞人の関係性にばかり注目してしまった。それでも他にはサギ男との友情とか、大叔父様のクリエイターとマッチングするであろう重たい思想描写もとても良かったと思っているのだ。人によってハマるツボが結構違う作品なのだと思う。

すごい良い奴だったね


ジブリ映画は過去作品を見返しても何度もその良さを味わえる貴重な文化遺産。異世界ファンタジーのような雰囲気から表裏の現実のテーマに繋がっていく感じは『思い出のマーニー』を連想した。
これからも新しいジブリアニメを期待する気持ちがあるが、一世紀単位で歴史に残る過去の名作に想いを馳せつつそのヒストリーをなぞるのも一興だ。

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