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女性らしさとヒロインらしさは紙一重―『パーフェクトブルー』リバイバル上映を観た

※観た人向けの感想のため、ネタバレを含みます。




人間の生々しさを気持ち悪くリアルに描くことで有名な今敏監督。『パプリカ』で十分過ぎるくらい味わったと思っていたが、『パーフェクトブルー』を観て絶句してしまった。R指定が付いているからそれなりの描写は覚悟していたけれど、まさかここまで描くとは。


結論、ストーリーに見事に騙された。
未麻が幻影を見て混乱していき、それが悪化するにつれて何度も夢から覚める様子がリフレインする終盤、私は未麻がこのサスペンスの全てだと思っていた。

しかし、真実はシンプルで、かつ緻密に練られているものだ。
ルミがインターネットを教えてくれた時にはもう既にことが始まっていたのだった。
精神的に正常でなくなっていく廃人すれすれの未麻の姿から、犯人は未麻自身である可能性が忍び寄ってくる。そこからのどんでん返しで、実はちゃんと現実の正体ある自らのマネージャーが犯人であるというオチは、空想から現実へ一気に引き戻される見事な構成である。


演出としてすごいところは、観客は未麻の視点でしか物語を追従出来ないところだ。偽の未麻の正体がルミだと分かってもなお、その姿はアイドルの未麻として映り続ける。
さらに、真実としては「真犯人はルミ」で間違いないのだが、それまでの未麻の追い詰められた時の感情から見えている偽物の未麻はルミのように実体として存在していない。内田の傍らで犯行をそそのかしていた幻影もそうだ。そして「未麻の部屋」の日記は、空中でルミや内田が張り付いて監視でもしない限りは不可能なレベルで詳細過ぎる。
このことから、映画自体に我々観客にしか認識できない形の未麻が存在しており、これに物語上の論理的な説明を付けることが難しい。これによって、観終わったあとも事件は解決している筈なのにどこか全編に渡って疑ってしまうような感覚に陥る。ラストの「私は本物だよ」ですら、まだ明かされていない部分が残されているのではないかと勘繰ってしまうのだ。


とは言え、そもそものサスペンスとしての筆致は凄まじく、深く考えずともストレートに展開が追えるのも監督の手腕だろう。人間の悪辣な部分をとことん描きつつ、そこに翻弄される未麻の内情は狂気に満ちている。観客は未麻に感情移入するよう誘導されるから、ハラスメントに近い仕事のシーンや性描写はかなりキツいものがあり、未麻と一緒に狂ってしまいそうにすらなった。

ただ、この未麻というキャラクターはかなり魅力的だ。人柄が好きだと思う場面が多い。
脱アイドルをしてもなお、プライベートの独り言すら愛嬌があり、「未麻の部屋」の日記を読んでも最初の投稿は怖がるどころか冗談として笑い飛ばせてしまうくらいの明るさがある。芸能界という泥をすする場所で生きながらも、純粋さを失っていない神聖さがある。
そして何より自分の心で選んだ女優としての仕事に悩みつつも矜持と責任感を持っている。物語のラスト、あれだけ自分を苦しめていたルミについてもトラックからかばい、その上お忍びでお見舞いに行ったりと、けじめとは言え彼女が信じる正しさという部分での一貫性を感じる。
かなり長い尺に渡って女性であることから悲劇に巻き込まれていくが、この女性らしさと未麻らしさという紙一重の部分を上手く一人のキャラクターとして人格に出来ていると思うのだ。


今回のリバイバル上映で「劇場で観て良かった!」と心の底から思った。ながら見ではなくどっぷりと映画の世界に浸らないと、本当の良さが伝わってこないような良作だ。かなり精神的にも削られるが、その面白さは尋常じゃない爪痕を心に遺してくれた。

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