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王道に隠された恐怖の根源『カリガリ博士』

※ネタバレあり。

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魅惑的な語り口から男の回想シーンが始まり、そのおぞましい過去の体験がつまびらかに明かされていく―。

カリガリ博士』はホラージャンルに区分されているが、美術面と物語性に富んだ無声映画の傑作である。


舞台はとある小さな村。時代の反映の象徴と言える見世物小屋には恐ろしい預言者がいる。

彼は夢遊病者だ。その傍らに控えるどこか怪しげな老人こそがカリガリ博士であり、この映画の展開の鍵を握っている男である。

この夢遊病者の預言を皮切りに、次々に起こる恐ろしい殺人事件の真相とは何か?

カリガリ博士とは何者なのか?

これらの謎全てが明らかになった時、現代の観客は100年前に生まれたサイコホラーの出来栄えに感嘆する。



しかし、この映画のすごいところはそこから先にある。

全てが終わったかに思えた現実に戻ってもカリガリ博士の呪縛からは逃れられない。

男は追い詰められ、悲劇に捕らわれたまま物語は終幕…


と思いきや、これは不死身のジェイソンが如くカリガリ博士が蘇るという話ではなく、事実はもっとシリアスな現実として存在する。カリガリ博士も預言も殺人も、精神疾患を抱えた男の妄想に過ぎなかったというすさまじい結末が待っている。

こういった夢オチと呼ばれる類の展開は、使いようではチープに受け取られる。
カリガリ博士は元祖夢オチなのかもしれない。

ちなみに、夢オチがその効果を発揮するのは、夢から覚めた現実の方がより事態が悪化している展開の時だけとなる。
カリガリ博士はまさしくその王道を踏んだ良作であり、現実パートの実写の背景と、村の出来事の美術的な背景が対比されている理由も事実と妄想の区別だったと気付かされる。こうして自然と観客の想像に絡むようになっているところも秀逸だ。


脚本はもちろんいいのだが、演出も素晴らしいものだ。特に殺人パートは恐ろしい。スプラッタな表現はないものの、ただでさえ浮世離れしたビジュアルの夢遊病者が殺人を犯す場面は、実に恐ろしく描写されている。

また、カリガリ博士に惑わされる登場人物たちが宿す恐怖の表情には思わず息を呑んでしまうものだ。

そして最も印象的なシーンとしてあげられるカリガリ博士の覚醒シーンは、空中に文字が書き込まれるという斬新な描写を伴い、強烈に観客の脳裏に焼き付いてくる。


喜劇のような美しいテンポで綴られる狂気に平和はなく、最後はとある男の虚構に収束していく脚本は、見事な傑作足りえる事実を後世にまで残すこととなったのだろう。

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