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「即戦力」=「解雇自由」ではない【即戦力として採用された中途営業職員の成績不良を理由とした解雇が否認された事例・デンタルシステムズ事件・大阪地判令和4年1月28日判決】

「能力不足」は、解雇理由のなかでも最も典型的なものの1つです。

特に、高い営業能力を期待され即戦力として中途採用された場合で、しかも期待された成績を挙げられなかったために解雇されたというパターンですと、使用者側としては「期待した成績が挙がらない以上、当然に解雇はできるはずだ」と考える傾向が強いため、紛争が激化しやすくなります。

最近では、デンタルシステムズ事件(大阪地判令和4年1月28日判決)において、まさにそのような解雇の有効性が問題となりました。

そこで、今回は同事件について取り上げてみたいと思います。

どのような事例だったか?

本事例は、歯科医師向けのコンピューターシステム、ソフトウェア製品の開発・販売などを営む被告会社で営業職員として勤務していた原告が、被告会社より、営業成績不良を理由に解雇されたため、その解雇の無効を主張し労働者としての地位の確認と未払賃金(バックペイ)の請求をした事案です。

原告の請求に対し、被告会社側は、原告を即戦力として新規顧客の開拓を期待して採用したにもかかわらず、登用してから5か月間の受注実績がゼロであり、また、原告は被告会社から渡された4000件もの医院リストに対して電話もせず手紙も送らず訪問して挨拶することもしなかったのだから解雇もやむを得ないと主張しました。

これに対して、裁判所は原告の請求を認めました。

本件における事実関係

本件で裁判所が認定した事実は以下のとおりです。

  • 令和元年12月27日、原告と被告会社、労働契約を締結(労働契約の内容として、契約の始期は令和2年2月1日、試用期間3か月、賃金額34万4500円に事業場外みなし労働固定残業代20時間分5万4320円を加算した40万0500円)

  • 令和2年2月1日、原告、被告会社における勤務開始。業務内容は歯科医院で使用するレセプト作成補助用ソフトウェアの販売営業

  • 令和2年4月30日までの試用期間中、原告、先輩従業員の営業についていき、被告会社の営業方法を体験する

  • 令和2年4月6日、原告と上司Aとの間で次のようなやり取り。

    • 原告「機材商に本日連絡しましたが、ほとんどが時期が時期なのでと断られました。取引のある2社ほどが再度話を聞いてくれそうな感じです」

    • A「お疲れさまです。了解です。確かにこの時期、なかなか訪問アポは厳しそうですね。その中でも2社、話進んだことは良いと思います。」

  • 令和2年4月10日から5月6日までの間、被告会社、新型コロナ感染症拡大対策として、全従業員の出社及び取引先や新規顧客との対面での商談を禁止することとした。このとき、上司Aは、原告に対し、この期間中においては自宅にて自社製品の機能を覚えるなどして、その後の営業活動に備えるよう指示した。

  • 令和2年5月7日以降、原告、Aと連絡をとり、Aのアドバイスも受けながらセミナー及びデンタルショーのアンケートをまとめるなどした

  • 令和2年6月18日、A、原告に対して6月中に2件の新規契約を受注するように指示

  • 令和2年6月19日、原告とAとの間で次のやり取り。

    • 原告「セミナー参加の新規案件の医院様1件アポとれました。」

    • A「良いですね!早速の行動で1件アポ取れたことは良いと思います。」

    • A「アポ取り成功を、部署内に共有させていただき、外のメンバーにも、行動を促してみます」

  • 令和2年7月2日、原告とAとの間で次のやり取り。

    • A「6月の最低目標の2本受注が見込めなかったので、7月は最低5本(2+3)の受注を狙いましょう!」

    • 原告「おはようございます。ありがとうございます。最善を尽くします。」

  • 令和2年7月7日、A、原告に対して今後は当日の業務内容と翌日の業務予定を被告会社で使用するアプリを用いて共有することを求める。原告もこれに応じてAに対してそのアプリを使用して当日の業務内容と翌日の業務予定を報告するようになる。原告の業務内容には、複数の歯科医院に対する架電や、アポイントメントがとれた歯科医院に対する訪問等が含まれていた

  • 令和2年7月17日、原告とAとの間で次のやり取り。

    • A「土日祝除いたら、7月は稼働数は10日もなくなりました。社長も経営会議では今月の頑張りに期待していましたので、諦めずにあと3件の受注を狙いましょう。」

    • 原告「ありがとうございます。承知しました。」

    • A「もちろん自分も期待しています。2件受注、ここまできたら、あと3件」

  • 令和2年7月22日、原告、B歯科医院より契約を受注。Aに報告したところ、Aは「B歯科様、受注されたのですね!おめでとうございます!」との言葉をかけた。

  • 令和2年7月27日、原告とAとの間で次のやり取り。

    • A「3本目の受注おめでとうございます。7月は今週までなので、遠慮なく、5本受注まで張り切っていきましょう。」

    • 原告「ありがとうございます。がんばってみます。」

  • 令和2年7月28日、原告とAとの間で次のやり取り。

    • A「受注案件増やすための対応策として考えていることはありますか?」

    • 原告「紹介が確度が高いと思いますので、多くの先生と接触機会を増やし当社を知ってもらい自分を知ってもらい紹介を促させるようにしたいです。」

    • A「接触機会を増やすこと、良いですね。紹介依頼をしながら、他の案件を動かす行動もしていくと良いと思います。」

    • 原告「承知しました」

  • 令和2年7月31日、被告会社、原告に対し解雇通知書を交付。同通知書には「当社の上半期の業績が前年比50%減で1億6000万円の赤字であり、貴殿に対し営業活動の指導を行ったにもかかわらず、行動の変化が見られなかったため、当社就業規則第47条(解雇)第1項①に基づき解雇いたします。」との記載があった。

  • 被告会社の就業規則には、次の定めがあった「第47条(解雇) 1.社員が次のいずれかに該当するときは、解雇することがある。① 勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込みが無く、他の職務にも転換できない等就業に適さないとき

裁判所の判断

裁判所は次のように判断して本件の解雇を無効としました。

  • 原告が解雇されるまでの受注件数は3件であり、これは被告会社から示された同年6月に2件、同年7月に3件とのノルマを下回るものであった。

  • しかし、原告が取り扱っていた商品は、歯科医院で使用するレセプト作成補助用のソフトウェアであり、その性質上、顧客側のニーズは限定的で、被告の営業担当職員が顧客に対して営業をかけても、容易く契約を受注することができるものではなかったといえる。

  • 加えて、令和2年4月6日から同年5月6日までの期間においては、新型コロナ感染症拡大の影響により、被告においても対面での商談が禁止されていた。しかも、原告は同時期において未だ試用期間中又は試用期間が終了して間がなく、被告における業務の経験も少なかったから、この時期に原告が的確な営業活動を行うことは困難であった。

  • 上記の環境に置かれつつも、原告は、同年7月の1か月間に合計3件の契約を受注することに成功し、これをうけて、Aは、原告を労うとともに、更なる奮起を促すなどしていた。

  • 原告は、業務に関するAとのコミュニケーションを密に行い、Aのアドバイスに素直に従って必要な業務に従事し、Aから当日の業務内容と翌日の業務予定の報告を求められればこれに速やかに応じ、Aから受注件数を増やすために検討している対応策を尋ねられればこれに的確に回答し、Aも原告の回答内容を肯定的に捉えていた。

  • 以上から、確かに、採用当初における原告の営業成績は振るわないものであったとはいえ、本件解雇がされた令和2年7月末頃には、原告の勤務成績又は業務能率には改善の兆しが見え始めていたのであって、原告の勤務成績又は業務能率が著しく不良である状況が将来的にも継続する可能性が高かったものと証拠上認めることはできない。Aとのコミュニケーションの取り方から見て取れる原告の勤務態度等にも鑑みれば、原告の勤務成績又は業務能率につき、向上の見込みがなかったとはいえない。

  • 被告会社は、原告に対して4000件もの顧客リストを渡し、リスト上の全ての顧客に対して電話、メール、訪問等のあらゆる手段を用いて営業をかけるよう指示したと主張するが、本件の全ての証拠によってもそのような事実を認めることはできない。

判決に対するコメント

結論・理由付ともに裁判所の判断に賛成ですが、それ以上に労使間の認識のギャップがどこで生じたのかを振り返る必要があると感じました。

「能力不足」解雇の有効性について

労働契約法16条は、普通解雇の要件として、解雇されても仕方がないような事情である「客観的合理性」と、もはや解雇以外の選択肢がないという「社会的相当性」を要件としています。
そして、多くの企業では、就業規則において、この労働契約法16条が定める「客観的合理性」と「社会的相当性」を反映した解雇の規定を設けています。

本件の被告会社でも、就業規則47条1項①によれば「勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込みが無く、他の職務にも転換できない等就業に適さないとき」でないと解雇ができない旨の規定がありました。

そして、この「著しく不良」や「向上の見込みが無く」という観点からいうと、本件の原告は令和2年7月には3件もの新規受注を得ていること、また、上司Aとの間の報・連・相も問題なくこなしていたことから、これらの要件を満たしていないことが一目して瞭然だったといえます。

しかも、被告会社は、原告を即戦力で採用したといいながら、他方で営業成績の全く出ていない令和2年4月末時点では本採用拒否を行っていません。
そうすると、被告会社は今後の成長性を期待して原告を本採用したものというべきであって、それを本採用後3か月後に成果が挙がらないから解雇というのは矛盾した対応と言われても仕方ないと考えます。

そのため、本件では、「能力不足」を理由とする解雇が無効になるのは当然だったといえます。

なお、被告会社は原告に対して歯科医院4000件のリストを提供しており、その全てに電話、メール、訪問などあらゆる手段を用いて営業するよう指示していたといいます。

この点は裁判所からけんもほろろに否認されていますが、仮にこの点が事実であったとしても原告の解雇が無効であるとの判断は揺るがなかったでしょう。

なぜなら、そのような膨大な数の営業など到底無理難題であり、当該業務命令の内容自体が不合理であるため、労働者としてはそのような命令に従う必要はないからです。

労働者側からすると、このような主張はむしろ無茶なノルマを課していたとして使用者側自身に不利になると思うのですが、簡単に「能力不足」解雇をしてしまう企業はどうにもこのような主張をしたがる傾向があるように感じられます。

被告会社がなぜ無謀な解雇をしたのか?

以上のとおり、本件では原告に対する解雇が無効であることは当然なのですが、今回の事例でより重要なのは、どうして被告会社はこのような無謀な解雇をしてしまったという点にあります。

そして、その理由は、ひとえに「即戦力」に対する考え方について、使用者側と労働法実務との間に根深いギャップがあるからのように思われます。

すなわち、今回の被告会社からすれば、中途採用していきなり月給40万円超もの賃金を保障するのは、原告が営業の即戦力として直ちに売上げに貢献してくれるからと期待したからです。

このような場合、多くの企業では、「仮に期待した成績が挙がらなければ解雇するのは自由だ」と考える傾向があります。

しかしながら、いったん無期の労働契約を締結し、しかもその労働契約書の業務内容や備考欄において期待される成果の特記・付記がないという状況では、そのような使用者側の期待は労働契約の内容とはなりません。

そのため、使用者側が、仮にその労働者に対して短期的な成果を求めており、しかも、その成果が挙がらなかったとしても、使用者側は労働契約法16条や同条の趣旨が反映された就業規則の規定がある以上、当該労働者に対する解雇は原則としてできないということになります。

このような結論は、労働事件を扱っている立場からすれば当然のことではあるのですが、使用者側からすれば「労働者は良いところ取りしてズルい」ということで、つい目を背けたくなるのではないかと思われます。

成果主義型の採用をする方法はあるか

それでは、使用者側は全く成果主義型の採用をできないのかというと、そういうわけでもありません。

まず、ひとつめの方法として、契約期間を有期とし、成果に応じて契約更新をしたり、労働条件を変更したりするという方法があります。

これであれば、労働契約は所定の契約期間の満了で終了するのが原則となるので、使用者側は契約期間の設定や更新後の労働条件についてオプションを持てることになります。
期待される成果が数値化されているのであれば、労働者側としてもその成果に達しない場合には更新期待の合理性がないということで労働契約法19条2号による更新も難しそうです。
ただし、この場合には無期の労働契約に比べて労働者の募集は難しいという問題があります。
また、いかに難しいとはいっても、労働契約法19条による更新のみなしの可能性は使用者側にとっての不確定要素となるところです。

次に、もうひとつの方法としては、賃金体系を基本給+成果給に分けるということが考えられます。

この場合、労働者側としては期待される成果が挙げられない以上、成果給部分が減額されることは事前に承知していることになるので、使用者側としては成果に応じた働きを労働者に求めることができそうです。

もっとも、成果の評価の仕方が客観的ではなく使用者側の裁量だけで決まるということになると、成果給としての性質が否定され、基本給の一部として組み込まれるリスクもないではありません。

このように、使用者側にも成果主義に基づく採用方法はあるのですが、事前に十分な法務チェックをしておく必要はありそうです。

使用者側からすると、いずれの方法も導入しづらいところがあるでしょう。ただ、元来、労働契約とは成果ではなく労務の提供自体について対価を支払う契約です。
それを、成果が出なければ解雇となったり労働条件を下げたりするということ自体、労働契約という契約の本質に反しているという側面があります。
その無理を押し通して敢えて成果主義を導入するという以上、使用者側が相応のリスクが発生することはやむを得ないのかもしれません。

最後に

以上、デンタルシステムズ事件(大阪地判令和4年1月28日判決)を取り上げました。

本文でも触れていますが、使用者側が一方的に即戦力として期待して好待遇で労働者を採用したとしても、その使用者側の動機や期待が労働契約書などで明確にされていないと、原則どおりに厳しい解雇権濫用法理に服することになります。
しかも、本件では試用期間満了後3か月後に能力不足で解雇されていますが、もし成績不良を理由とした解雇をするのであれば、せめて試用期間満了時に本採用拒否をしないと対応が一貫しません(本採用拒否が有効にできるかは別問題ですが)。

本件は、そのような「即戦力」を求めることの難しさを示した事例だったように感じられました。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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