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ロシアによるウクライナ侵攻と、崩れていく世界の「物語」

ロシアによるウクライナ侵攻が2月24日に始まった。

多くの有識者は「まさか戦争まではしないだろう」と予想していた。そんなコメントを見て、僕も楽観的に捉えていたため、このニュースを聞いたときはショックだった。

今、ウクライナでは、首都キエフでの市街戦などで多くの被害が出ているという。市民の方々は非常に大変な想いをされているだろう。また、ロシア文化を愛する人間としては、ロシアがこうした行動に出ていることに、胸苦しい気持ちである。

さまざまな想いがよぎり、ここ数日うまく寝れなかったのだが、そんな中、ふと思い出したことがある。

「ロシアは知では理解できない」

僕は、東京外国語大学のロシア語科卒だが、在学時に指導教官をしてくれた、渡邊雅司先生という恩師がいる。

日本では珍しいロシア思想史を専門とする教授で、多くの学生たちから「ガジさん」と呼ばれて慕われていた。僕もとても好きだった先生だ。

この渡邊先生がよく引用していた詩の一節がある。

「知ではロシアは理解できない。
一般的なものさしで測ることはできない。
ロシアには、特別な在り方がある。
ロシアに対してできるのは、ただ信じることだけだ」

Умом Россию не понять,
Аршином общим не измерить:
У ней особенная стать —
В Россию можно только верить

19世紀のロシアの外交官・詩人のフョードル・チュッチェフの詩だ。

ことあるごとに、渡邊先生はこの詩を引用し、「ロシアのインテリたちというのは、西洋の啓蒙思想や合理主義で人間が本当に幸せになるのか、社会が良くなるのか、ずっと疑問を抱いていた」と話していた。

ここでいう啓蒙思想とは、(宗教批判・既存権力の批判などを含む)合理主義のことだ。これは、現在の西洋的価値観である「自由・民主主義」への流れを作った思想である。

ドストエフスキーのような西欧社会で知られた作家を含むロシアの思想家たちが啓蒙思想・合理主義を批判していたのは、「自由や合理主義は、利己主義を増進させ人を堕落させる」ということだ。

それよりも、素朴に生きる民衆たちの愛や思いやりの方が、より善い共同体をつくるうえで重要である。僕のうろ覚えの、本当にものすごい乱暴なまとめなのだが、だいたいこんな論旨だった。

正直、当時の僕にはあまりピンとこなかったのだが、今回のウクライナ侵攻のニュースを見たとき、ふと、彼の言葉を思い出した。

西洋的な価値観への不信

プーチンは一体何を考えて今回の侵攻に踏み切ったのか。ウクライナのNATO加盟に関連し、愛国心や(ソ連時代のような)「強いロシア」の威信を再び取り戻すためではないか。

僕自身は外交の専門家ではないので、有識者の方々が語るこれらが正しいのかどうか、すぐには判断ができない。

ただ、前述の渡邊先生の話を思い出した際に、「今回のロシアを突き動かしている力の、より根本には、西洋的な価値観への不信感もあるのではないか」という気がした。

冷戦の終結は、「自由・民主主義こそが、皆が豊かで幸せになる道なんだ」という「物語」を世界に流布した。僕を含む日本人も、多かれ少なかれその「物語」に沿って生きている。

ただ、自由・民主主義を採っている西洋世界、そして日本でも、ますます貧富の格差が拡大している。一方で、部分的に市場経済を採用しただけで、共産党による独裁体制を続けている中国は、ここ数十年間で力を強めてきている。

こうした中、「自由・民主主義」の、世界を支える「物語」としての力が衰えているのではないか、と思う。

変わりゆく「物語」

自由と民主主義だけではない。

今回は、国連に加盟している大国のひとつが(侵略だというのがほぼ明確な形で)行うということで、「理をもって、対話や経済的な措置で物事を解決するのが当たり前」という戦後の「平和神話」も崩れてきているのだろう。

また、ロシア由来の天然ガスが経済制裁により入手できなくなり、エネルギー価格の高騰が予想されるかもしれない。

グローバルな市場経済というのは、(愛や友情といった話ではなく、モノに関してだが)「金さえ出せばなんでも買える」という世の中だったのではないかと思う。

でも、それも当たり前ではなくなってくるだろう(今後は、食料の輸出規制などがかかって、食料が手に入らなくなる、といったこともあるかもしれない)。

今のロシアの在り方に対しては、外交的な措置が必要だと思う。ただ、根本に立ち返ると、僕たちはもう一度、自分たちの共有する「物語」を精査し、必要に応じてそれを変えたり、あるいは鍛え直さなければならないのではないか。

つまり、以下のような問いかけを、自らにしていくということだ。

自由って、本当にいいの?
民主主義って、本当にいいの?
平和って、本当に当たり前にあるものなの?
お金以外に、生きていくために大切なものは?

ショックをただのショックで終わらせないために

僕にとって、2019~2020年に起きた香港での民主化デモの経緯もショックだった。

当時、香港の友人とInstagramでやり取りをしていたのだが、現地の窮状を知らされるたびに、なにができるか考え、結局は「違う国の政治騒乱に他国の人間ができることなど、大してないなあ」と感じて終わってしまった。

ただ、今回のロシアのウクライナ侵攻を見て、「これが許されれば、軍事で何でも解決される世の中になっていってしまうんじゃないか。日本もゆくゆくは戦争に巻き込まれるんじゃないか」という不安を覚えた。

なので、ショックをただショックで終わらせず、この「変わりゆく世界の物語」を意識しつつ、自分なりにできることを考えていきたい。

僕は2005年前後に10か月ほどロシア・モスクワに留学していたことがある。

その時、軍隊内のイジメが大きな問題となっていた。上官に若い軍人がリンチを受け、下半身不随となるという事件があったのだ。

ウクライナの人々も大変だが、ロシアの軍人たちや、その家族たちもどんな想いでいるだろう(ロシアは徴兵制である)。

なお、トップの画像は、2007年にロシア・モスクワを訪れた時に撮影したもの。カップルや家族連れの人たちが楽しそうにしていた。ウクライナ、ロシアにも、このような日常が戻ってほしいと思う。



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