見出し画像

『夢のあきらめ方』〜プロミュージシャンを目指していた男の話〜

どうも、そこらへんにある溝です!

また一つ人生の節目を迎えるにあたり、近況報告をかねて過去の音楽活動について少し振り返りたいと思います。

タイトルこそネガティブですが、夢を追いかけることの大切さについて書き綴ったつもりです。これからミュージシャンを目指す人、今まさに夢に挑戦している人、そして何より夢を諦めきれずにいる人に読んでほしいです。

前書 ― 負け犬の遠吠え

あなたの周りに「元ミュージシャン」はいるだろうか?社会人にもなると、変わった経歴の人と出会うことが意外とある。だが多くの場合、その人の過去について詳しく聞ける機会はほとんどないだろう。プライベートは詮索しないのが大人の礼儀だからだ。

しかし理由はそれだけだろうか?……いや、違う。『昔〇〇やってました』という言葉は、悲壮感と抱き合わせなのが常だ。話している本人はもちろん、聞いている側も「夢をあきらめた人」という印象を心のどこかで感じざるを得ない。そう、私たちはまぎれもなく負け犬なのだ。

夢を叶えられている人に言わせれば『努力不足』『才能がなかった』という表現になるだろう。あるいは『プロをなめるな』という言葉も出てくるかも知れない。私自身至らない点が多かったのは事実なので、それらを否定するつもりはない。だがもしそんな批判ができるほど輝かしい実績があるのであれば、夢を叶えるためのノウハウを(再現性のある方法で)自ら情報発信して後進を育てて欲しいと願う。

今回私が書く内容は結局、負け犬の遠吠えなのかも知れない。それでもプロミュージシャンを目指していた男の人生に、少しでも興味を持ってくれるのであれば、是非最後まで読み進めて欲しい。

経歴 ― プロを目指した理由

こういった話は前提条件が大事なので、まずは簡単に自己紹介。個人情報に関わるものは詳しく書かないが、イメージを膨らませるには十分だろう。

・関西の田舎出身
・両親共働きで貧しくない家庭
・関西で上位の大学に入学
・大学卒業後に音楽の道を志す

「温室育ちの田舎者」という言葉が当てはまるかも知れない。中高とずっと進路には悩んでいたが、音楽をするという決断ができず、なんとなく大学へ入学。就職活動を考え出したタイミングでやっと『人生一度きり…やっぱり音楽がしたい』と決心がついた。

決心のタイミングにも理由がある。中高生のころは「バンドでメジャーデビュー!」みたいな空想をふわっと描くだけで、ミュージシャンとして生きることは、田舎暮らしのティーンエイジャーには現実味がなかった。だが大学生活を経てより具体的にイメージが固まっていった。この頃ちょうどYouTubeが盛り上がり始めた時期で、そこで見た様々なライブ動画が刺激になったのだ。

特に惹きつけられたのは、海外アーティストのライブでギター&コーラスを兼任するサポートミュージシャンだった。もともとは歌うのが好きで、ハモるのも好きで、手先が器用でギターも弾けた私は、『これこそ天職だ』と思った。もっと言うと『日本でその立ち位置の人がいない』『それを専門にすればチャンスがある』と考えていた。(もっともこの頃の私は到底プロの現場で通用するレベルではなかったが、これから真剣に取り組めば補えると思っていた。)

そんなこんなで私は、過去うやむやにしてきた音楽への道を志すことを決めたのだった。

上京 ― 音楽活動と生活

実力不足であることは明白だったので、まずは専門学校の情報を調べることにした。実際に体験入学にも参加したが、最終的には現役ミュージシャンが立ち上げたスクールに通うことにした。その人はテレビで何度も見たことのあるミュージシャン。直接話を聞き、憧れを抱くとともに、その人の元で学ぶことに決めた。

次にスクールへ通うことを前提に、ライフスタイルをどう構築していくかを考えた。まずは生活費を稼ぐための仕事探し。スタジオミュージシャンというのは急に仕事が入るので、シフトの自由が利くというのが必須条件だった。そして決まったホテルでの仕事。親に申し訳がないという気持ちも少しは感じていたので、契約社員として就職する形をとった。(理解のある職場で、色々融通を効かせてくれたのは本当にありがたかった。)

学び舎と食いぶちを確保……満を持しての上京。そこからはホテルでの仕事、レッスン、情報収集、趣味としての音楽を繰り返した。そして半年ほど経つ頃だったろうか、師匠(※あくまでスクールにおける先生ではあるが形式上の呼称)からテレビ収録の仕事に誘ってもらい地上波デビュー。その後も師匠に紹介していただく形で、エキストラやレコーディングなど、スタジオミュージシャンとしての仕事を経験していった。

停滞 ― 「専業」の壁

音楽で仕事をして報酬をもらい、晴れてプロデビューを果たした私だったが、安定した仕事があるわけではなかった。特に一番したいと思っていたライブやテレビなどでの生演奏の仕事は、数自体あまり多くない上に、若手に直接オファーがくることはほぼない。『有名アーティストの〇〇と仕事したよ』と、友人や家族にする話のネタとしては十分だったが、ミュージシャンとしては「セミプロ」の域を超えることはなかった。

この状況を変えるために、ブログを始めたり、交流を増やしてみたり、レッスンをやってみたり…私なりに工夫して色んな事に挑戦したが、どれも生活を支える仕事に代わることはなかった。そういった試行錯誤を繰り返し、4年ほどが過ぎていった。

断念 ― きっかけと”あきらめ”

ミュージシャンとして停滞感を覚えつつも、『稼げなくても死ぬことはない』という楽観的な考え方の元、東京でのセミプロ生活はそれほど苦ではなかった。むしろ、田舎では経験しようのない出来事たちが、金銭的な貧しさ以上に心をうるおしてくれていた。

そんな生活に終止符を打つきっかけとなったのは、家族の問題だった。こういった話における定番すぎて申し訳ないのだが、大学卒業後から約5年、年齢的にもトラブルが起こりやすいタイミングなのだと思う。詳細は書かないが、地元に返ってきて欲しいという声を無視できなくなってしまった。

「親が倒れてもステージに立つ」といったストーリーが、美談として取り上げられがちなこの業界だが、そんな大きな仕事も責任も私にはない。夢を諦めるにはちょうど良い機会だった。

とはいえ、家族を言い訳するのは格好悪いのではないか?そう考えた私はただ「諦める」のではなく、希望が持てる形で「あきらめる」方法を模索し始めた。東京での生活を振り返り、今自分が求めていること、大切だと思うことを改めて考えることにした。

帰郷 ― 夢のとらえ方を変える

振り返ってみると、東京で過ごした5年弱の間に、音楽業界も大きく変わっていた。CD不況、YouTubeの急成長とテレビの衰退、ストリーミングサービスの登場……上京した頃に思い描いていた夢の形を叶えるには、「現在進行形で」厳しい世界になってきている。(もちろん、努力次第でチャンスがあるかも知れないが、あまり現実的ではない。)

だが変化したのは音楽業界だけではない。私自身の価値観も、たくさんの経験を得て更新されていった。人生において大切にしたいものを再定義するには十分な、充実した4年と9カ月だった。「自分のやりたいことでお金を稼ぐこと」が何より大切だと考え挑戦してきたが、今では「やりたいことができること」の方が大事だと断言できる。そのためにお金を稼ぎ、やりたいことが結果としてお金を産むならラッキーといったところだ。

実際にプロとして仕事をすることができた。インターネットも驚くべき速度で発達し、音楽の新たな楽しみ方も生まれてきている。『スタジオミュージシャンという形だけにこだわる必要は、もはや自分にはない』と認識を改めるには十分な変化だった。そして『音楽に限らず、その時自分が本当にやりたいことができる人生を送る』という新たな夢をかかげて帰郷することにした。

はじめに描いた夢は、確かに諦めて関西に帰ってきた。けれども、音楽を、人生を、夢を追うことを諦めたわけではない。この先も世界は変わり続けるし、それに合わせて夢のとらえ方を変え続けていけばいいのだ。言うなれば、夢のパラダイムシフトである。夢を追うことを断念するのではなく、形を変えて追い続けていく。それこそが、私のたどり着いた

――夢のあきらめ方。

後書 ― 夢は追いかけるべき

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。長文にならないよう細かい部分は端折りましたが、今書けることを精一杯書いたつもりです。

さて、この記事を読んでみなさんはどう感じたでしょうか?某知恵袋には「〇〇の夢が諦めきれません」といった投稿がたくさんありますが、私はとにかく一度挑戦してみることを強くオススメしたいです。

私の夢は叶いませんでしたが、結果として、また違う夢を描くことができています。もしも大学卒業後すぐに就職していたら、今でも『スタジオミュージシャンになりたい』とくすぶり続けていたことでしょう。夢を”あきらめ”、そして追い続けるためにも、はじめの一歩は踏み出すべきというのが私の結論です。

仮に夢が叶っていたとしても、この先50年スタジオミュージシャン一本で生活できるなんてことも、もはやあり得ないですよね。結果はどうあれ、夢の見方は変え続ける必要があると日々感じています。自分や環境のステージにきちんと合わせさえすれば、夢を追うことはリスクにはなりません。是非今一度、自分の夢について考えてみてください。

ちなみに今は家庭を持ち、関西で会社員として生活をしています。ですが、音楽をやめたわけではありません。執筆活動含め、その内何かしらの活動をしていけたらと思っています。いずれまた機会があれば、是非付き合ってやってください。よろしくお願いします!

みぞ→凹

焼肉が食べたいです!!!!!