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水の空の物語 第3章 第18話

 ……懐郷。

 風花の中に、そんな言葉が浮かんでいた。
 夏澄の手をすがるように握り返す。

 一面に咲いていた花は、桃色しろつめ草だった。

 それが校庭三つ分くらいの、広い広い野原一面に咲いている。

 しろつめ草は、ぐるっと木々に囲まれている。

 桜、百日紅、花海棠、木香薔薇、雪柳、つつじ、木蓮。たくさんの木々が、色とりどりの花をつけていた。

 どの木も満開だ。

 花びらが舞って、しろつめ草の上に落ちる。息を飲むくらいの美しさだった。

 本当に、一年中春の世界だった。

 春ヶ原の真ん中には、大きな泉があった。泉からは三本の小川が流れ出て、野原を巡っていた。

 泉の横には、蜜柑のような実をつけた大木があった。実と花が同時に付いている。四季成りに近いようだった。

 なつかしい、と風花は思った。

 子供の頃、よく遊んだ蓮華畑に似ていたからだ。

 祖母の家の周りが、こんな桃色の野原だった。

 今はもうどこにもない風景。祖母や兄と散歩した一面の田んぼ。沼の周りの青草と桑の実、小川。
 池のほとりの大木と梅の木。

 祖母の家のくすんだ柱の色、屋根裏部屋。

 なぜか、そんな想い出が次々に浮かんできた。



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