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『父と暮せば』 こまつ座

2021年5月29日(土)17:30開演
紀伊國屋サザンシアター
¥5,800

井上ひさしの有名戯曲で、「戦後“命”の三部作」の第一作として、四半世紀前からコンスタントに上演されている・・・んだけど、実はアタシは全くの初見。映画も未見。ストーリーもほぼ知らぬまま、いつかは観ないとなあと思いながらここまで来てしまった。
今回のキャストは娘の方が伊勢佳世さんということもあり、イキウメ以来なので久しぶりにお姿を拝見したくてチケットを取った。

あらすじ
舞台は、原爆投下から3年後の広島。図書館で働くひとり暮らしの福吉美津江のもとへ、父・竹造があらわれる。竹造は、美津江がほのかに抱いた恋を実らせようとして、美津江の“恋の応援団長”としてあらわれたのだという。「うちはしあわせになってはいけんのじゃ 」と父の言葉を拒絶する美津江と、娘のかたくなな心を解き放とうとする竹造。そして、父と娘の壮絶な命の会話が展開していく……。(ぴあ公演サイトより)

観る前から絶対良い作品なんだろうと思っていたんだけれど、実は全く分かっていなかったとも言えるな。めちゃくちゃ油断してたところに猫騙しを喰らったみたいな感じ。
引用したあらすじを読むと「壮絶」とあるけれど、観てみると意外なほどやさしいお話。くすっと笑えるところも多い。たしかに「壮絶な会話」はあるし、それがこの物語の芯なのかもしれないけど。
でもあたたかい心の交流を描いたお話でもあるのだとおもった。

「しあわせになっちゃいけん」と思いつめる美津江の悲しさ。
友人知人、多くの人が亡くなったのに、生き残ってしまった。何よりも“おとったん”を助けられなかった自分を許すことができない。そんな美津江の慟哭シーンは会場の人たちの涙を絞った。
想像を絶する苦しみだけれど想像するしかできることがない私たち。戦争を知らない日本人。
この話に描かれてはいないけれど、悲しみと同じくらい怒りや憎しみもあったとおもう。敵国とか戦争とか、世の中にとか、対象はなんであれ。なぜ描かれなかったのか、考えてしまった。

でも、美津江は生きている。
話から察するに、想い人である木村さんはいい人らしい。彼女も彼女の将来も、まるっと受け止める気概があるようだ。
頑なな美津江の心をほどいて、きっと一緒になってくれるといい。
「人の幸せや悲しみを伝えるのがお前の仕事、それができないのなら他に代りをだせ」
おとったんに言われ「他の誰を?」と問う美津江。それの答えは、

「わしの孫じゃが、ひ孫じゃが」

とても力強い、生きよというメッセージ。
そして最後に美津江が見せる、木下さんへの笑顔があたたかく胸に沁みた。

この日は演出の鵜山さんによるアフタートークがあり、貴重な話をたくさん聞くことができた。
「不要不急」とされることは誇りだとか、生きている人より死んだ人の方が多いとか。人間の死亡率は100%(これどこか他でも聞いた話だな)とか。
演出家はウイルスと同じ、コピーミスをして変異株を作る仕事とか。
歴代おとったんの中で山崎さんは若々しく、部屋から庭に飛び降りるのは初めてなのだとか。
そのシーンで実はこの日、勢い余ってちゃぶ台を蹴り落としてしまうというハプニングが。伊勢さんの「壊さないで」というアドリブと、山崎さんが本気で「痛たたー!」って苦笑するので会場は泣き笑い劇場に・・・w

山崎さんも、伊勢さんもとても素敵だったなあ。
伊勢さんは東京千秋楽が誕生日で不惑になったそうだけど、23歳の美津江がまったく違和感がなかった。映像だと厳しいんだろうけど、舞台のいいところ。
山崎さんは63歳、おとったんの設定が何歳かはわからないんだけど、23歳の父親なら50代くらい? 若々しいってのはいいんじゃないでしょうかね。
3年前の上演もこのふたりで、それを観た方たちの感想によると「良くなった」らしい。広島弁も上手くなっているとのこと。広島弁は詳しくないので、方言や訛りが好きな私はふたりが喋ってるだけでほっこりしてた私。だって「おとうさん」が「おとったん」だなんてかわいすぎません?!

戦争のこと、原爆のこと、忘れてはならない。伝えていかないと、とは言えいまの若い人たちに響くのだろうかと考えてしまう。50代の私だってきっとギリギリのような気がする。母は戦中の生まれで戦争の記憶はない。祖母、祖父ともあまり話したことはないからねえ。それでも戦争というものがあったとリアルに知ってはいる。
いま二十歳の子なら祖父祖母も戦後の人だろうし、76年前って歴史の教科書的な気分だよね・・・
アタシが二十歳の時に76年前って考えると、明治時代で徳川慶喜とか渋沢栄一がまだ生きてた頃だもんな・・・。
子も孫もいないアタシに次世代へ伝えるという仕事はむずかしいなあ。などと考えた夜。

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