夜を拾う

 眠らない街にも睡眠改革が起きて、眠れない夜は私だけのものになった。夜に働いていた私は朝のことを誰よりもよく知っていた。いつも朝を迎えていた。だけど最近は朝日を見ることもない。夕日の色は吸い込まれてしまいそうで、まだ怖い。昼間の空気は誰かの呼吸の味がする。マスクを二枚隔てた誰かの味には、障子に写る鶴のシルエットのような危うさが潜む。コンビニで買った焼きうどんは、温めてもひとかたまりの茶色い物体のままだ。妙に長い商品名が語るのは都合のいい肩書きだけらしい。箸で摘んでいると、よく分からない肩書きのサラリーマンたちの額の汗を思い出した。酸っぱい臭いのする汗を滲ませて働き、夜の街に吸い寄せられていた彼らの蜜は、今はどこに売っているのだろうか。

 眠れない夜にみる夢は美しい。世界で一番美しいと、どこかの鏡も言っていた。だから、眠れない夜には夢をみる。私は夢の中で眠る。

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