しじみごっこ

   「ねぇ、しじみごっこしよう!」
おままごとに飽きたアヤちゃんが言った。
「しじみごっこ?」
「そう!しじみごっこ!」
アヤちゃんは砂場遊びにおともだちを誘うみたいに、当然のような口ぶりで言う。
「うん、しじみごっこする!まず、しじみをさがしてきたらいい?」
聞くと、アヤちゃんはなんだか、少し怒ったような顔をした。
「しじみごっこ、しじみ、いらない。」
アヤちゃんは言った。砂場遊びには砂場が必要だし、お人形遊びにはお人形が必要だ。それに、おばあちゃんに教えてもらったお手玉やおはじきだって、同じように準備が必要だった。
「ねぇ、アヤちゃん。しじみごっこ、どうやるの?」
尋ねるとアヤちゃんは、呆れたように私を見て、こう言った。
「そんなこともしらないの?おままごとのホーソクだよ!」
「おままごとのホーソク?」
「もう!だから、キミがね、しじみになるの!」
「私が?しじみに?しじみってあのしじみ?」
「そうだよ!あたりまえじゃん、しじみごっこなんだから。」
「そっか!しじみごっこだもんね。」
アヤちゃんと私はしんゆーだ。だけどアヤちゃんは怒ると怖いから、たまによく分からないことを言われても、私は従うように決めていた。
「じゃあいくよ、」
アヤちゃんは両手を開いて、ぱんっと鳴らした。
「スタート!」
その合図で、私はしじみになった。潮干狩りされる日を夢見たり、お父さんの飲んでいる「しじみエキス」になるのはなんだか怖いなと思ったり、しじみに生まれた意味を考えたりした。

    しじみになった日のことを思い出したのは久しぶりだった。あれからどれくらい月日が流れたのだろう。分からないけれど、私がにんげんとして過ごした年月よりも、倍か、その倍くらいは経った気がする。アヤちゃんは元気だろうか。私はしじみごっこをしたのが初めてだったから分からないが、アヤちゃんもあの時しじみになったのだろうか。それとも、彼女は人間のままなのだろうか。だとしたら、コーコーセやダイガクセや、シャカイジンになっている頃かもしれないな。どちらにしても、楽しくやっているといい。

私はあの日しじみになったが、そのことを少しも悪く思っていない。私は、しじみとしての運命を考えることはあっても、にんげんに戻りたいと思ったことはないから、しじみに向いているのだと思う。もしかしたら、最初からしじみとして生まれる予定だったのを、カミサマだかコウノトリだかが間違えて分別してしまったのかもしれなかった。おねーちゃんや、アヤちゃんや、トモユキくんが元気にしているといいなと、考えているだけで充分楽しかった。私にとってそれは、彼らと会って共に過ごすことよりも意義のあることのようにも思えた。おかーさん、おとーさん、おじーちゃ、おばーちゃが、心配していないといいなぁと、しじみになってちょっと経ってから思ったくらいのことだった。

   いざしじみになってみると、しじみというものは意外と忙しかった。どうやって生きているのかは考えたこともないから知らないし、なるようになっているだけだが、その他に考えることはたくさんあった。まず初めに、私がしじみになった理由を考えた。アヤちゃんがしじみごっこをしようと私を誘ったこと、それは私がしじみになった理由ではなくて単なるきっかけに過ぎない。私はあの時そうならなくてもいつかしじみになっていたのだと思う。そうじゃないとしたら、私がアヤちゃんの提案を断れない立場や性格だったからということになるが、そんな理由で自分の生涯を決めたとは思いたくはなかった。だけどもし仮にそうだったのなら、あの時アヤちゃんに提案されたのが、イヌでもブタでもアサリでもオジサンでもなくて、しじみでよかったなぁと思う。

しじみになることが恐らく決まっていた以上、どうして人間として生まれてきたのかもよく議題に上がった。何かのエラーだったのか、試練だったのか、それとも、人間として生まれて、しじみとして生きていく過程に意味があるのか。どの答えも、それらの複合系の理由も、すべてがどこかおとぎの国のお話みたいで、どれが真実でも魅力的だなと思った。
他にも、しじみの義務と権利についての脳内論文を書いたり、目に見えるものの存在と目に見えないものの存在の違いなど、にんげんだった時には考えなかったあれこれも考えた。
学問にはお金が必要だと思っていたけれど、時間と関心が最も必要で、その両方と、殻の中という最高の環境が調っていることで、私は精神的に豊かなしじみであれている。他のしじみの事情は知らないけれど、私は愚かなしじみではないのだ。私はにんげんからしじみになったから、にんげんとしじみの違いをよく考えたが、ほかのしじみはそんなことは考えないのだろうか。それとも、ほかのしじみの多くも別の生命体から成り代わっていて、属していたシャカイのことを考えていたりするのだろうか。

   「ねぇ、しじみごっこしない?」
時々そう聞こえてくると、私はとても嬉しくなる。みんながしじみごっこをして、しじみがいっぱい増えると、またおともだちもできるかもしれない。
「ねぇ、しじみごっこしない?」
真似をして、時々かまきりや葉っぱやにんげんに話しかけるけど、声は届かないみたいだった。だから今はその理由の研究をして、毎日を忙しく暮らしているわ。

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