ひと休み

 急に生ぬるくなって逃げ出したくなった。三大欲求が満たされると、私の体にも心にももう何一つ残っていないような、そんな感じがした。それは幸せなこと、なのかもしれないけれど、私にとっては恐怖だった。これまでの妬みや恨みやエネルギーが嘘みたいにいなくなって、探しても顔を見せなくて、探している側なのにいつまでも見つからない隠れん坊を強いられているような気分だった。私は今まであの怪物たちに生かされていたのだ。それに、薬を飲んで来なくなった生理も、私の生活を快適にした。昨日まで労働に疲れていた体から憑き物が取れた。予定日を過ぎてもやはり来ない生理は私に飽きて、ひいては辟易したのかもしれなかった。あんなに会いたかったあの人にだって、会ってみればもう大した感情もない。物々しい欲に支配された、酷く冷たい有機物。それが私なのかもしれなかった。

 安心は魔法だが、下落するだけの不安も内含する。それなのにその不安さえも感じられなくなった心身を私は案じているのです。できることならずっと隣にいたいと願ったあの人のことを、愛しいと惰性で思っている自分のことが怖くて仕方がないのです。あの人も同じように思っているのかもしれないと考えると、怖くて仕方がないのです。飽きたのかもしれないと思っていながら、どうも飽きられることには納得がいかないらしいのです。身勝手でしようがない。私は、今日もまた夜だけを、信じていたいし愛していたいと、そんな腑抜けたことを思ってカーテンを揺らすのでした。

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