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年金制度の説明不足 「年収の壁」と遺族厚生年金


1、「年収の壁」いまの議論だけで大丈夫?

先日国会でも議論していたのをテレビでたまたま見かけたのですが、最近「年収の壁」についての話題が多く見受けられるようになりました。

年収の壁とは、いわゆる主婦パートに関する問題です。
年収が基準を超えると夫の扶養から外れ、健康保険料や厚生年金保険料を負担しなければならない。
その結果、かえって手取り収入が減るため、あえて年収が基準の範囲内に収まるよう、労働時間を調整して働くことです。

厚生労働省は女性の社会進出を促進させようと、企業に補助金で支援してでも、主婦パート層が壁の外で働いてもらえるよう頑張っています。

そのこと自体には異存はありません。

しかし、厚生労働省はこの「年収の壁」問題の本質を十分に説明していないように思います。

結論から言うと、一般的な主婦パートの方々が40歳ごろから厚生年金に加入して保険料を支払っても、その保険料は将来の年金額にまっとうに反映されない可能性があります。

特に夫との収入差と年齢差がある(夫が年上)夫婦の場合です。

これからそれを確認します。

2、年金制度の厳しいルール

まずは、年金の基本構造を確認しましょう。
会社勤めだった人が、65歳以降受け取る年金はこの2種類です
・老齢基礎年金
・老齢厚生年金

老齢基礎年金は、満額で年間79万円ほど。
(40年間加入した場合です)

老齢厚生年金額は、その人の収入と加入期間によります。

夫婦二人とも会社勤めだった場合、65歳以降は二人とも老齢基礎年金と老齢厚生年金が受け取れます。
まぁ悪くはない、と云うことにしましょう。

でもそれは二人とも生存しているときです。
どちらか一方が亡くなってしまうと、年金額は大きく減ってしまいます。

まずは老齢基礎年金について・・

亡くなった方が受け取っていた老齢基礎年金は0円になります。

遺族基礎年金という制度はありますが、これは亡くなった方に高校生以下の子供がいた場合、その子が高校卒業まで支給される年金です。
65歳以上の夫婦では、子供はすでに高校を卒業しているケースが圧倒的でしょう。

一方、老齢厚生年金について・・

老齢厚生年金を受け取っている人が亡くなった場合、残された配偶者に遺族厚生年金が支給されます。
その額は、亡くなった方が生存時受け取っていた老齢厚生年金額の75%。
亡くなった方が25年以上年金に加入していたことが条件です。
(社労士試験ではおなじみの「長期要件」ですね。)

一見、残された配偶者に支給される年金は、
①自分の老齢基礎年金
②自分の老齢厚生年金
③亡くなった配偶者の遺族厚生年金(75%)
と思いがちです。
けれどもそうではありません。

②と③はどちらか一つしか選べないのです。

②自分の老齢厚生年金
・老齢になり収入がなくなることに対する保障
③亡くなった配偶者の遺族厚生年金
・配偶者が死亡し収入がなくなることに対する保障

「結局は収入がないことには変わりがないので、どちらか1つを支給すれば足りるでしょう」
年金ではこのような考え方をします。
(社労士試験ではおなじみの「一人一年金」ですね)

具体的なルールは以下のとおりです。

【Aパターン】
②自分の老齢厚生年金
③亡くなった配偶者の遺族厚生年金(老齢厚生年金の75%)
どちらか金額が高いほうを受け取る

【Bパターン】
②自分の老齢厚生年金×50%
③亡くなった配偶者の老齢厚生年金×50%
②と③の合計額を受け取る

どちらかのパターンを選ばなくてはなりません。
普通は高いほうを選ぶでしょう。
どっちを選んでも、配偶者が生存中と比較して年金額は半額近くになってしまいます。

3、払った保険料が無駄になる?

ここで主婦パートの話に戻ります。

現在パートで働いている主婦の方のうち多くは、新卒のときフルタイムの職員として働いていたことでしょう。
そのときは厚生年金に加入していました。

その後、結婚・出産と経て、いったん職場を退職し育児専念。
お子さんがある程度の年齢となり、家計の足しに再びパートで働き始める・・
こんなパターンが多いのではないでしょうか。

もちろん人によりますが、30代の10年程度がブランク期間。
その間、第3号被保険者だったケースでは・・・

仮に40歳から仕事を再開し60歳まで働き続けた場合、妻の生涯賃金は夫の生涯賃金の半分以上になるでしょうか。

あくまで一般論ですが・・・
新卒からずっと現役のビジネスマンとして走ってきた夫と、学校を卒業してから就職したのち、30代にブランクがあり、40歳から求人情報で見つけた時給1,000円超のパートの妻では、生涯賃金は倍以上違うのではないでしょうか。
(あくまで事実ベースの話です)

こういった主婦パートのケースでは、妻の生涯賃金が夫の生涯賃金の半分を超えるのは相当厳しいのでは、というのが私の意見です。

老齢厚生年金の金額と賃金額は、賃金がよほど高額でなければ、ほぼ正比例します。
生涯賃金が半分なら老齢厚生年金額もほぼ半分になります。

仮にこのケースの場合・・・
夫:老齢基礎年金:79万円・老齢厚生年金:100万円
妻:老齢基礎年金:79万円・老齢厚生年金:50万円
合計:308万円
  
夫婦ともに生存中は二人分に対して、老齢基礎年金と老齢厚生年金として合計308万円が支給されます。

しかし、夫が亡くなってしまった場合、以下のパターンのどちらかになりまます。
【Aパターン】
夫:老齢基礎年金:0円・遺族厚生年金:75万円(75%)
妻:老齢基礎年金:79万円・老齢厚生年金:0円
合計:154万円

【Bパターン】
夫:老齢基礎年金:0円・老齢厚生年金:50万円(50%)
妻:老齢基礎年金:79万円・老齢厚生年金:25万円(50%)
合計:154万円

どちらも同じ金額です。308万円の半分、154万円です。

妻の老齢厚生年金がいくらであっても、夫の老齢厚生年金の半分以下なら、高いAのほうを取るので、結局154万円が採用され結果は同じになります。

妻の老齢厚生年金額が夫の半分を上回っているときにはじめてBが高くなり、妻の年金は154万円以上となるのです。

このことは、妻の老齢厚生年金額が夫の半分以下の場合、妻が払った厚生年金保険料は、夫の死後に妻が受け取る年金額に全く反映されていないことを意味します。
(払っても、払ってなくても結局年金額は変わらない)

夫婦がともに生存している期間はいいでしょう。
でも夫の亡くなったときに初めて、妻は気付くのではないでしょうか。

「私が年収の壁を超えて40歳から払った厚生年金保険料はなんだったのか・・」と

特に夫と年の差が離れている妻は、夫婦ともに65歳以上の時間を過ごす歳月がそれだけ短い可能性があります。(あくまで可能性ですよ・・)

年収の壁を越えて保険料を負担しても、将来年金として受け取れるメリットは少ないでしょう。

このルールを理解している国民は多くありません。

厚生労働省が「年収の壁」突破を目指す目的は、以下3点かと思います。

①少子高齢化を見据えて労働人口の増加を図る
②主婦層が将来受け取れる年金額を増やし生活の安定を図る
③国の年金保険料収入を増やし年金財政の安定化を図る

①と③に今回は言及しません。

もちろん離婚とか妻の年収が高いとか、夫婦によって事情はそれぞれです。
年収の壁を超えることが無意味だと言っているわけではありません。

でも真の意味で②の目的を果たすためには、厚生労働省はこの遺族厚生年金のルールを国民にもっと説明をする必要があると思います。

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