傷んでいたお弁当
私が通っていた中学校には給食はなかった。だから、昼食はお弁当か購買で買うパンということになる。
小学校までは給食だったから、お弁当を持っていくという事が何となく嬉しかった。かわいいお弁当箱も買ってもらった。毎日、今日は何が入っているかなと考えるのが午前中の楽しみだった。
普段は、お弁当は母が作ってくれていた。
ところが、母はお弁当屋さんでパートをする事になってしまった。そうなると、シフトの都合で朝早い出勤の時もある。朝早い時は、お弁当を準備する事ができない。
そんな時は、私がお弁当を作る事になった。私の分と父の分の二つのお弁当。お弁当を作るといっても、中1の子供が作るものだから、たいしたものではない。卵焼きやゆで卵。ウインナーやミートボール。それに、ピーマンを炒めたり、ほうれん草をおひたしにしたり。前の日に多めに作ってもらった晩ごはんの唐揚げやハンバーグとか。
そんな、簡単なおかずを詰めただけのお弁当を作っていた。
うちの卵焼きは、甘くない。お砂糖を少しに、塩ではなくお醤油を入れて作る。卵焼き器に油を敷いて、味を付けた卵液を流し込んで。端から巻いて、また流し込んで。そんな手順で作る卵焼き。
はじめは上手く巻けなかったけれど、作っているうちに上手く巻けるようになってきた。
お弁当作りも慣れてきた頃、事件は起こる。
それは、梅雨時の事。
いつもの様にお弁当を2つ作った私だったのだけど。
4時間目に体育があり、戻ってきたら教室の前に母がいた。当時、私達の中学校は生徒数が多すぎて、1年生のほとんどはプレハブが教室だった。だから、外にいた母に母の仕事先のお弁当を手渡された。
「いったい、どうしたと?」
若干、反抗期な私。同級生の手前恥ずかしくて、ちょっとぶっきらぼうに母に言うと、母の返事はこうだ。
「お父さんから電話があってね。お弁当の卵焼きが傷んでたって。それで、これ持ってきたから。」
無言でお弁当を受け取ると、母は「じゃあね。」と帰っていった。
同級生たちは、口々と
「どうしたとー?」
「あ、買ってきたお弁当やん。いいなー。」
なんて言ってきた。
そのお弁当の中身は何だったのだろう。もう覚えていないけど。たぶん、ハンバーグとか唐揚げのお弁当だったのではないかと思う。
やっぱり、お弁当屋さんのお弁当はおいしい。私が作ったものよりもはるかにおいしかった。
そんなお弁当を食べながら、私は考えた。卵焼きが傷んでいたって。いったいどういう事なんだろう。せっかく、作ったのにな。父にも悪い事をしたな。
放課後、部活をして帰宅すると、母が言った。
「卵焼きにちゃんと火が通っとらんやったみたいね。」
卵を焼く時に、中まで火が通っておらず半熟状態だったようだ。普通に食べるのなら半熟の卵焼きはおいしいのだけど、お弁当となるときちんと火を通しておかなければならない。しかも、梅雨時ならなおさら。
父が帰ってきた。
私は父に、
「お弁当、ごめんね。」
と言った。父は「気にしなくていいよ。」と言ってくれた。
それからも、私はお弁当を作った。
弟が中学校に入ったら、3つのお弁当。毎日ではなかったから続けられた。中身は、簡単な物だし、少しは冷凍食品も使った。だけど、少しずつ手際良く、上手に作る事ができるようになった。
高校を卒業すると、仕事先を替わっていた母がお弁当を作ってくれるようになった。社会人になった私にも作ってくれた。だけど、やっぱりたまには自分で作って持って行った。
そして、前にも書いた事があるけど、娘たちにもお弁当を作った。
傷んだお弁当を作った私だけど、あれからは調理の際には細心の注意を払うようになった。卵焼きはしっかり焼く。他の物も、ちゃんと中まで火を通す。それだけは、本当に気を付けていた。
中1の時に失敗したおかげで、お弁当作りが上達したのかもしれないなとちょっと思った。失敗するのも悪い事ばかりじゃないようだ。
失敗は成功の母
先日のお弁当のお話
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