綾瀬さんと真谷くん6「無理は禁物」
寒さがまた少し厳しくなって来ました。ここ数日、熱っぽい気がしますが、大丈夫でしょう。このくらいで休んでちゃ、学級委員長として名がたちません。
「響ー!」
あ、優くんが話しかけてくれました。今この廊下には二人だけです。他の人がいるところでは今でも「綾瀬さん」「真谷くん」と呼び合っています。トラブルが起きたらいけませんから。お昼だってもともと私が一人で食べていたところに優くんが後から合流するようにして周りにはわからないようにしています。
「あ、優」
とはいえそんな大声で叫んでいたら誰かに聞かれそうなものですが。
「響、顔色悪いけど大丈夫?」
どうやら心配させてしまっていたようです。
「う、うん。大丈夫だから……」
声が掠れそうになりますが、なんとか取り繕います。
「そっか。無理しないでね」
「う、うん」
まだ、大丈夫です。そのまま先生に頼まれていたプリントの束を職員室に置いて教室に戻ります。廊下の中程まできた時でしょうか。突然目の前がぐらり、と揺れました。そろそろまずい気がしますが、こんなところで倒れるわけにもいかないので無理矢理にでも足を進めます。数歩歩いたところでぐにゃりと視界が歪み、バランスを崩してしまいました。暗転する視界が最後に捉えたのは妙に鮮明な校庭の様子でした。
「……き、響……起きてよ……」
「あ、れ……?」
学校にいたはずなのに、目を開ければ自室で。何があったかと飛び起きました。
「ぅあっ」
ずくり、と鈍く頭痛がします。あれは夢だったのでしょうか。
「あんまり無理しないでよ、響……」
夢、ではなさそうです。隣で優くんが心配そうな顔をして私を見ていました。
「優、今……何時?」
聞けば午後の二時だそうで、なんでそんな時間に優くんがここにいるのかわかりませんが、倒れたのは午前の休み時間でしたから、かなり経ったと言うことだけはわかりました。
「あー、よかったぁ。響、帰りが遅くて様子見に行ったら廊下で倒れていたから、先生に言って僕ごと早退させてもらったんだよ。このままずっと寝てるんじゃないかって心配だった」
泣きそうな顔で優くんが言います。優くんは私のためにここまでのことを……やっぱり優くんは名前の通り優しいです。
「あ、そうだ。何か飲む?」
頭痛がひどくて答える気力もなく、頷いて返事します。
「分かった。コンビニで買ってくるからちょっと待っててね」
優くんがパタパタと走って外に行き、私は一人部屋に残されました。ふと今までのことを思い出します。
初めて優くんに会ったのは入学式の時でした。式で偶然隣りになっただけの私に話しかけてくれました。今考えると「綾瀬」と「真谷」なのにどうして隣だったのでしょうか。でも、そんなことを気にする余裕はあの時はありませんでした。それにそんな瑣末なことはいいんです。優くんと知り合えたんですから。クラスも一緒、最初の席も隣。そのせいか忙しい時は助けてもらって、その優しさが好きになって。そしてこの前優くんから告白された時、とても幸せになりました。初めてのデートもよかったけど、図書館デートとかも楽しかったなぁ。
そんなことをぼんやりと考えていると、
「響、戻ったよ。はいこれ」
優くんが帰ってきました。買ってきたのはスポーツドリンクです。少し飲んで、喉が酷く渇いていたのに気がつきます。今までなんで気がつかなかったのでしょうか。
「熱、測ろっか。体温計はどこに置いてる?」
優くんに体温計の場所を聞かれたので答えました。
「んじゃちょっと失礼するよ」
ゆ、優くんが私の隣にいます……なぜでしょう、ドキドキします。優くんの顔が私の近くにきました。いつも隣に居るはずなのにどうしてこんなにドキドキするのでしょうか。優くんってこんないい匂いしてましたっけ……心臓の音を静めようと必死になっていると体温計から音が鳴りました。
「36.9か……よかった、だいぶ下がったね」
ほっとした声音と一緒に優くんの気配が遠くなります。寂しい、と感じてしまったのはいけないことでしょうか。
「優……いつも、ありがとね」
寂しさを埋めるように伝えてみれば、わかりやすく赤面する優くん。「なっ、ちょ……響、僕は響の恋人なんだよ? そ、それくらい普通のことだよっ」
あぁ、この人のこと、好きになれてよかった……こんなに優しい人と想いあえるなんて、とても幸せです。