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自分の本質へ

昭和35年生れの私は、
4歳からピアノを習わせられていた。
当時のピアノの先生は、
良い先生も居たのだろうけれど、
厳しくて、怖くて
ピアノのお稽古は大嫌いだった。
で、中学に入る前に辞めた。


ビートルズなどを
弾いていた時代もあったけれど

ピアノに未練を持ちながら、

ピアノとは関係無い人生をずっと送っていた。

それから35年以上経って、
ピアノに再会してしまった。


50代の殆どの日々を
ピアノと共に過ごした。
ピアノ無しの人生など、考えられなかった。

しかし、

これでもか、
これでもか、と

襲って来る試練に、

私はとうとう潰されてしまい

生きる屍みたいになった。

ピアノにだけは、しがみついていたかった。

ピアノを弾かなくなったら、
私は、私で無くなる、
と思うくらい、ピアノは大切だった。

でも、弾けなくなった。


中略


昨日、久しぶりにピアノを練習した。
ずっと弾かなかったので
指は思うように動かず
前に弾けた曲もボロボロだった。

それなのに
すごく楽しかった。


今日は朝から、気分が良かった。
祈りや学びをいつもより、テキパキと終わらせ、
家事も淡々とこなし、

今日もピアノに向かった。

昨日と同じくらい
感動して、練習した。
昨日より、明らかに、上達している。

私の呼吸は深く穏やかで
窓の外の景色が、より、美しく感じる。


自分の本質と共に生きる、とは
こういう感じなんだな。


自分らしさ、は
心の栄養の中で、一番大切だと思う。


明日のピアノ練習が、待ち切れない。






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