自分話【夢がなくたって楽しい】

幼稚園の卒園アルバムの中に「将来の夢」と書かれたページがあった。
そこには子ども達が書いた様々な将来の夢があり「お花屋さん」「警察官」「パン屋さん」「サッカー選手」等、子どもの頃に抱くよくある夢から
「サンタクロース」や「空を飛ぶ」等、少々ぶっ飛んだ夢もあったのだが。

私はぶっ飛んだ発想はなかったようで「看護婦さん」と書いたのだ。
その夢は父の「手術で血を見なきゃいけないんだよ」の一言で
あっけなく消え去ったのだが、小さい頃の夢はころころ変わるので大した事はない。

だがその後に持つ夢を私は30歳になるまで一途に追いかけた。

私には兄が二人いる。
兄妹仲は良くもなく悪くもなく喧嘩は日常茶飯事。
泣かされる日々だったのは良く覚えている。
兄二人ともアニメ好きだったのが、一番上の兄はそれに加え「声優好き」だったのだ。ちょうどその時期の声優は裏方のイメージを飛び越え、歌をうたい、キャラクターのイメージを壊してしまうという理由で暗黙でタブーだった顔出しもなんのそのアニメ雑誌のグラビアまでも出るようになった。
今でこそよく見かける"普通"になりはしたがその頃は新しい事だった。

「声優」という職業があるという事を知るには十分だった。

そして動機はきっとアニメを見ていて勇気をもらったから。
勇気をもらった「アニメ」に居るのは「キャラクター」
「キャラクター」は「声優」だから「声優になろう」
そんな短絡的な発想だったのかもしれない。
今でもハッキリとした動機はわからないままだ。

発想は子どもらしかったのだが、その「声優になろう」「なりたい」
というのは言葉にしたら力強く自分の中に根付くものになるらしく
親や兄、友達に言い続けていたら、あれよあれよと高校演劇部に入ったり
声優のコースがある専門学校に入ったり、劇団に入ったり、しまいには実家がある名古屋から東京に出て養成所にまで通うまでになった。

しかし、結果私は声優にはなれなかった。
プロダクションに所属するオーディションを何回か受けたが
すべて不合格で終わった。

声優になる夢を終わらせたのが30歳の時だ。
何回目かのオーディション結果の不合格通知を読んだ瞬間、その夢は弾けて散っていった。
しばらくはショックが残っていたが、数日も絶てば「今後どうしようか」という考えに及ぶ。

そして気づいたのだ。
「私には声優やお芝居に関するものしか何もない」という事に。
小さい頃から一つの夢を一途に追い続けていた代償だろうか、それ以外身についているものがないのだ。

そこから一気に虚無感が襲った。
「したい事」と「できる事」が必ずしも一致するとは限らない事はとても絶望的にも思えた。
では私には何ができるのだろう?したい事とできる事の擦り合わせがしばらく続いた。

25歳から28歳までの養成所に通っていない間、音楽にどっぷりハマっていた時期がある。
あるバンドが好きになり、半ば追っかけになっていた。
そのバンドは当時インディーズで活動しており、街の野外イベント、ライブハウス、大規模ホール、様々な所について行っては音楽やメンバーとの交流を楽しんでいた。
そんな中でインディーズからメジャーデビューという夢への切符を手にした瞬間も一緒に経験した事があったのだが。

夢の端にも手をかけられなかった私にとってはとても眩しく素敵で凄い事で、夢はいつ終わるのかわからないけれどその夢のお手伝いをしたい、私なりに何か力になりたい。

その思いを中心に据え仕事を探した結果、今のイベント会社に行き着き、芝居の事しかやってこなかった何も経験がない私を雇ってくれたのだ。

最初は商業施設やライブハウスでの音楽や子ども向けのショーの設営、運営メインだったのだが、次第に社長から他イベントのブッキングやってみないかと仕事を振ってもらえたり、ホテルでの音響・照明・映像の仕事で人員足りていないから興味があったらどう?という話があり音響、照明の事を勉強したいと思っていたのもあり是非にと返事をし、今はホテルでの仕事をメインでやっている。

イベント会社に勤めてからここまで1年半。

夢がなくなっても楽しくやっている。
「新しい夢見つけないの?」とたまに言われるが、今の仕事は充分楽しいし夢がなくちゃだめなの?と言い返したくなる。
夢がなくちゃ私じゃないの?と。
もちろん仕事上の目標やこうありたいという像はあるが、あの熱情に包まれ雲のような存在の夢はもう持たないだろう。
あの熱情は1度でいい。
それこそ夢のような時間だった。
その時間を自分の手で終わらせてしまったが、私は好きな仕事に出会えたのだ。

時々様々な所で「夢があるって素晴らしい」だの「夢がない若者」だの言われたりするが、夢がなくたって楽しい事ができる。
夢をなくした人も、追う人も、持つ人も、持たない人もすべて素晴らしいし、楽しい人生を送れるのだ。


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