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【小説】異世界に来てしまった中年男性の悲劇(6)

 西暦2023年から西暦1991年へ。
 ここは夢の中なのか? それとも、並行宇宙/パラレルワールドと呼ばれる場所なのか? 
 彼は酔っ払って乗り込んだ総武線でウトウト眠りにつき、目が覚めると異世界に紛れ込んでいた哀れな男、古田間亘。
 人生崖っぷちの39歳。まだ幼い子ども2人を抱える4人家族の大黒柱であるにも関わらず、転職を繰り返し、何も手に職がつかないまま適職を探し続ける哀れな中年男性だ。

 その亘が今いる場所。
 ここは日本語を主な言語とした日本文化型の社会でありながら日本ではない別の国。
 亘に知らされた国の名前。

 『奥羽越列県同盟共和国』

(な、長ーーーっ!!……しかも、歴史オタクか厨二病が好きそうな国名……。いや、わかる。俺には分かる。一時期歴史の教師として働き、坂本龍馬のファンである俺には、痛いほど……)

 亘はニヤリとしながら、異世界転生ものライトノベル系の主人公になったのでは?という気持ちになっていた。とはいえ姿、見た目、能力、どれをとっても39歳のオッサンであることは変わらない。よって、自分は転生なんてしてないし、特別チート能力が身についたわけでもない。
 ただ、なんとなく人生にドラマが起こったこの状況を、楽しく感じている自分がいた。
 大変なことだとは分かっている。飲み会に出かけたきり帰らず、家族にも迷惑をかけ、職場にも迷惑をかけ、もといた世界は大混乱となっているだろう。それを思えば単純に楽しんでなんていられない。すぐに帰るべきだ。
 だが、子どもが生まれて10年、我が家では子ども中心の生活。特に変わり映えのない平凡な毎日を過ごしてきた。若い頃経験したドラマなんてもう起こりはしない。起こってはいけない。
 自分は既婚者で、二児の父親だ。
 自分として生きるのではなく、既婚者として生き、子どもの父親として生きる。そうやって10年間、生活してきた。それは妻も同じ。主人公は2人の子どもであって、自分たちではない。子どもの為、家族の為、良い脇役に徹する。それが家族を持つ者の役割であり、使命だ。
 それが、今、自分一人、奥羽越列県同盟共和国なるヘンテコな世界にいる。32年前の別世界。この世界には幼い頃の自分もいて、見慣れない街並みと見覚えのある自然の景色の世界で生きている。
 きっと、どんな推測も意味がない。
 俺は今、ここにいる、それが事実だ。
 なんとか元の世界に戻る方法を探さなくてはいけない。

 亘が収監されたのは奥北(と呼ばれる県)内にある、機密収容所だ。と、軍人は説明した。
 それが本当かフェイクかは分からない。ただ、目隠しをされ、車に乗せられ、連れてこられた場所は、壁の高い、どうやっても逃げ出せないような建物の中だ。亘は、その中の一室にある牢屋に閉じ込められた。トイレしかない和室4畳の部屋だ。囚人たちの寝泊まりする部屋と同じだ。
 手錠をかけられたまま、亘はその牢屋の壁にもたれかかった。
「貴様の容疑が晴れるまでここにいてもらう」
「容疑って!?」
「とぼけるな。貴様がどうして日本から来たのか、白状するまで出さんと言ってんだ。さっさと口を割れよ」
「ですから、酔っ払って……」
「酔った勢いでスパイになったというのか?」
「どうしてスパイだと思うんですか!?」
「先ほど、我が国の国名を聞いた時、貴様、ニヤニヤと笑っただろう?それが何よりの証拠だ」
「いや、あれは……」
 分かってはくれないだろう。いや、分かるはずがない。俺がいつか、こんなゲームみたいな世界を冒険したいと願っていた気持ちなど……。
 だから、だから、だから恐怖も不安も通り越して、なんだかワクワクしてきてしまったのだ。
 なんだか面白そうな世界だ。この世界のこと、もっと知りたい。そんな気持ちにすらなっているということを。
 多分、ここでは俺が主人公、だ。
 亘は再び、ニヤリと笑みを浮かべた。

続く

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