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戦時のウクライナ、ひとり旅 9 〜前線基地のクラマトルスク〜

激しい戦闘の続くバフムートから西へわずか30キロ。
前線に近いクラマトルスクで見つけた、たった1軒の営業中のホテルでの一夜が明けた。
間近に、前線があるというのに、疲れていてぐっすり眠ってしまった。
(ウクライナ情勢が苦境に立たされたままでは、このホテルは今は営業していないかもしれない)

初夏の朝。
クラマトルスクの町の様子を見ようと思っていたが、突然の雨。
しかし、間もなく雨はやみ、ホテルから出ると濡れたニセアカシアの白い花の房からうっとりするような甘い香りがただよっている。
しかし、まったく別の臭いにも気付かされる。歩道脇の雨滴をかぶった草地で、死んだ小型犬を見つける。
白い花の香りと死んだ小さな黒い犬の対比が、この町の記憶の一つになる。
クラマトルスクだけでなく、イジュームでも、ハルキウでも、激しい爆撃を受けたりロシアの占領下になった町では、住民の避難時に取り残された動物たちをよく見かけたが、この1匹は取り残され、死んでしまったのだろう。

爆撃の影響か、いくつもの窓が壊れている

クラマトルスク市内で思いつくままに通りを歩いていると、爆撃の跡があちこちに見えてくる。
1便のキーウ発の列車が毎日14時に発着するクラマトルスク駅に向かう。
2021年、東日本大震災から10年。東京オリンピック開催へ向けた喧騒を後に、日本橋の0マイル地点から歴史的な日光街道、奥州街道、最後は羽州街道を通って我がふるさと山形の実家まで400キロ近くを歩いた。「歩く」ことで、なにかを見たり気づいたりできると信じているからだ。(このときの写真プロジェクトは、ウクライナのオンライン誌「Bird in Flight」でも紹介された)

死んでしまった犬を見つけたあとも、いくつもの窓が割れてしまった団地、そして次には激しく爆撃され、完全に崩れてしまった建物を見つける。安全のためだろう、トタンで囲まれているが、隙間から中に入れる。私が忍び込んだ様子を見た高齢の女性も一緒に入ってきた。何人もが亡くなったように見えるこの廃墟を眺めていると、この女性は小さな声でなにかをつぶやき続けている。だれか友人がここに住んでいたのだろうか?それとも家族が?ウクライナ語もロシア語もできない私は、彼女に何を言っているのか問うことはできないが、二人でこの廃墟を見つめる。

トタンの破れ目から覗く爆撃の廃墟、クラマトルスク
爆撃の廃墟、クラマトルスク
爆撃の廃墟、クラマトルスク
爆撃の廃墟、クラマトルスク
爆撃の廃墟、クラマトルスク

主要な路線を横切り、古い民家が並び、猫のいる未舗装の道路を歩き、Kazenny Torets(どう発音するのだろう?)という川を渡ると、陸橋から右手にクラマトルスク駅が見えてくる。

Kazenny Torets川。クラマトルスク駅に向かって橋を渡る。

2022年4月8日、多くの避難民で混雑するこのクラマトルスク駅は「クラスター弾頭を搭載した2発のミサイルによって攻撃」され、50名以上の人々が犠牲になっている。駅舎はきれいに見えるが、柵に多く捧げられた小さなぬいぐるみを見ると、その悲惨な出来事に気付かされる。

クラマトルスク駅の柵にささげられたぬいぐるみ。

500名近い住民が虐殺されたイジュームからだと、ここクラマトルスクまでの列車は運行していないが、首都キーウとは今も鉄道でつながっている。戦争前も、戦争が始まってからも、住民たちの移動と避難、兵士たちの出兵、怪我をした避難民の病院としても重要な役割を果たすのがウクライナ鉄道だ。
https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000290100.html

歩いて駅に着いたころ、キーウからの列車はすでに到着した後で、列車から降りた兵士たちはあちこちに向けて駅を去っていく。

クラマトルスク駅に到着した兵士の中には、若い女性の兵士もいる。

兵士たちの姿が駅から消えかかったころ、ここクラマトルスクまで電車で恋人に会いに来たらしい若い女性と兵士の姿をプラットフォームで見かける。しばらくぶりの再会と思われる、やさしい笑みがこぼれる顔で、キスをしている。兵士になった恋人の無事を常に気にしているのだろう、どれだけこの温かな瞬間が心に響いているのがはっきりと見える。ウクライナではよく見かける、麦畑の黄色と空の青の国旗の色の列車を背景に、二人の姿をこっそりと写真に収めさせてもらう。

無事な再会を喜ぶカップル。クラマトルスク駅。

このクラマトルスクまでひとり旅を続けてきたが、これから何をすればいいのかわからなくなってしまった。
駅前の売店でコーラを買い、ベンチに座ってしばらくぼんやりするほか思いつかなかった。

Photo: Miyuki Okuyama

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