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ポジティブ心理学が拓く未来-パート1


IPPA世界大会

国際ポジティブ心理学会(IPPA:International Positive Psychology Association)の世界大会がバンクーバーで開催された。2年に1回開催されるこの国際会議は、パンデミックの影響で2021年はバーチャル開催になり、対面開催は前回のメルボルン以来4年ぶりとなる。IPPAが創設されたのは2007年で、第1回目の世界大会は2009年に開催され、今回が8回目の大会だ。

コーチングや研修で日頃から活用している理論やツールの提唱者・開発者・実務者が世界中から集い、トップリサーチャーと共に学べるまたとない機会が、地元のバンクーバーにやってくるとは、何という幸運! 7月20日から23日までの4日間フル参加し、たくさんの深い学びや気づき、素晴らしい出会いに恵まれた。会議に参加できなかった方々にお裾分けができたら嬉しいので、何回かにわけてnoteに書き留めておきたい。

社会変革の担い手として

会議を通して、もっとも心が揺さぶられたのは、ポジティブ心理学が社会変革に果たす可能性と役割の大きさだ。国際ポジティブ心理学会が単なる心理学の一領域のコミュニティではなく、社会変革の担い手が集うプラットフォームになりつつあることを実感し、会議前の自分の視野の狭さを気づかされることにもなった。

「富の格差、孤独・孤立というエピデミック、気候変動といった今世紀の世界が抱える複雑な課題に対して、ポジティブ心理学は何ができるのか」

プログラムを一貫して流れるこの問いを考えるのにふさわしいスピーカーが次々に登壇し、会場からも研究や実践のテクニカルな問題に留まらず、この新しい学問分野が未来に向けて行動しなければならないことを問う質問がなされた。そして、会議全体の進行を務めてくださったJames Pawelski博士が語りかける言葉の端々にも、重要なテーマがさりげなく盛り込まれていた。

卓越したMCのJames Pawelski博士(中)とポジティブ心理学コーチの宇野聡美さん(左)

込められたメッセージ

4日間の会期で用意されたセッションの数は120を越え、プレ及びポストのワークショップは20、ポスターセッションの発表者を含むスピーカーは400人に及んだ。同じ時間帯に興味深いセッションがいくつもあるので、どれに参加するかを決めるのは悩ましい。カンファレンスのアプリを眺めながら、興味のあるセッションを選んで4日間のスケジュールを作ったが、選ぶ必要のない全体会のテーマやスピーカーについては事前に調べる余裕もないままだった。

オープニングでPawelski博士は、4年ぶりの対面参加が可能になったことへの喜びを伝えると共に「COVIDによるパンデミックは乗り越えたが、次にくるのは孤独というエピデミックだ」と続けた。これは、次に予定されていた全体会の基調パネル対談のテーマへの伏線であったことに、後で気づく。

「世界幸福度報告2023」と題した基調パネルの副題は「Latest global research on the power of the positive to maintain resilience in times of crisis(危機の時代にレジリエンスを維持するポジティブの力についての世界的な最新調査)」とある。”times of crisis”、今、私たちは危機的な状況にあるという認識。この認識とポジティブ心理学の研究や実践を結びつける力。ここにIPPAの成長の鍵があるのかもしれない。 

財布を落とす経験と幸福の関係

基調パネルで、国連の世界幸福度報告書の著者でもあるJohn Helliwell博士が紹介され、見覚えのある優しいお顔に目を疑った。Helliwell博士にリアルに会えるとは! Helliwell博士はバンクーバーにあるブリティッシュ・コロンビア大学の名誉教授で経済学が専門だ。

バンクーバー市の外郭機関で経済振興を担うVancouver Economic Commissionが、「GDPを超えて」というプロジェクトの一貫で、ちょうど1年前に Helliwell博士にインタビューした動画がある。まちづくりにウェルビーイングの発想を取り入れる試みは、日本でも21年頃から始まっており、私が勝手に福岡市のベンチマーク対象としてバンクーバー市のアプローチを調べていて見つけたものだが、Helliwell博士のお話はとてもわかりやすくてお奨めだ。その動画で何とチャーミングな経済学者なのだろうと思っていたご本人が目の前にいる。基調パネルでお話されるような大物は、多くの場合、自分の登壇の時だけ参加ということになりがちだが、Helliwell博士は会期中ずっと参加され、気さくにお話をしてくださった。

Helliwell博士は、「幸福度格差と信頼の重要性  Happiness inequality and the importance of trust 」という記事の中で、世界では幸福格差が拡大しており、こうした格差と取組む1つの方法に、社会に対する信頼の向上があると主張している。会議の基調パネルの中で、落とした財布が戻ってくるかどうかが、そこに住む人々の幸福度に大きく影響するという話をされていた。経済格差の議論では所得と財産の分布に論点が集中する傾向があるが、主観的幸福 の格差 へと焦点をシフトさせるべきだという主張にもつながる。

世界幸福度報告書の著者のHelliwell博士

孤独・孤立担当大臣のネーミング問題

Helliwell博士に、日本にも孤独・孤立担当大臣が任命され、内閣府に担当室が設けられているけれど、社会全体で自分ゴトとして認識されていないと伝えた。博士は、「孤独とか孤立とか、ネーミングがネガティブだよね。『フレンドシップ担当大臣』とかにした方がいいんじゃないかな。それがちょっと軽すぎるというなら『ソーシャルコネクション担当大臣』でもいいけど、とにかく、誰もが求めるポジティブな方向を示すことが大事だよ」といたずらっぽい笑顔で話してくださった。

確かに、この問題に限らず、少子化対策にしても不登校対策にしても、問題の対策そのものをタイトルにした施策や組織名があふれている。それは、まさに、疾患モデルでマイナスからゼロにするアプローチだ。ポジティブ心理学は疾患モデルを否定したわけではなく、ゼロからプラスにするアプローチも必要だと唱えたように、こうした社会課題に対しても、現状の対策型アプローチに加えて、ポジティブな未来を創造するアプローチの議論が必要だ。

ブックエンド効果

お金と幸せの関係も、ポジティブ心理学ではさまざまな研究がなされている。本大会を締めくくったのは、この分野の第一人者であり、次代を担う研究者として世界から注目されているElizabeth Dunn博士の基調講演だ。Dunn博士のTEDトーク「人を助けることで幸せになれる—でもそのやり方が重要」はお奨めだ。

今回の基調講演は、「Supersizing the Science of Happiness(幸福研究をスケールさせよう)」というタイトルで、ポジティブ心理学には、経済格差、孤独・孤立、気候変動といった世界的な課題解決に向けて良い影響を与える役割があるのだから、もっと野心的になって、研究をスケールさせて再現性や信頼度を高め、社会を変革していこうというメッセージを送った。

科学研究の再現性の危機について触れ、500を超える幸福感を高める戦略の研究のメタ分析、自身の研究設計の比較などから、科学研究の限界も踏まえた上で、チャレンジすることを呼びかけたDunn博士。世界にウェルビーイングのムーブメントを起こすには、ボトムアップとトップダウンの両方が必要だと訴えたHelliwell博士。地元バンクーバーが世界に誇るブリティッシュコロンビア大学のスター教授2人が、IPPA世界大会のオープニングとクロージングを務めるというだけでもインパクトはあったが、全体を流れるメッセージをつなげる素晴らしいブックエンド効果だった。

もちろん、可能性だけでなく課題もある。国際会議とは言え、参加者の地域の偏り、とりわけアフリカからの参加者が少ないのはIPPAの問題としても共有されている。また、さまざまな社会課題に影響を与えていくには、政策立案に関わる専門家やリーダーの参画も欠かせない。とは言え、生まれてまだ25年という科学研究と実践のコミュニティのポテンシャルを改めて感じた4日間であった。

パート1はここまでということにして、パート2パート3をお楽しみに!


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