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雨音

 ふわふわとした柔らかな手触りだ。新しい柔軟剤は、やはり買って正解だった。綺麗にたたまれ積み上げられたタオルの上に、ぽんと手をのせてみる。優雅な気分にさせてくれる上品な香りがした。雨の日は家事がはかどる。洗濯物を外に干せないのは残念だが、それ以外のことを進めるのにはうってつけだと私は思う。屋根をうつ雨の音は軽やかで、水滴がはずんでいるかのようだった。この音を聞くと、小学生の頃のある日、駅のホームでのことを思い出す。



 電車までの待ち時間、急に降ってきた通り雨に、慌てて待合室にかけこんだ。中にいたのは同い年くらいの女の子と、そのお母さん。

「あら、大丈夫かしら?」

 優しくて、あたたかい声。私は返事をして、お辞儀をする。前髪の毛先から水滴が落ちていくのが見えた。親子と話しながら、一時間くらい待っただろうか。冷えたからだが温まる頃、ようやく電車はやってきた。電車を降りた後も雨は降っていたので、女の子の傘を貸してもらった。他愛もない話をしながら、 しばらく一緒に歩いた。 連絡先を聞いて、後日借りた傘を返しにいった。クッキーを焼いて、包んで持っていった。



 その時の女の子は、今は私の親友だ。懐かしい。雨の音で思い出すなんて。

 降り注ぐ雨の線の音が聞こえてきた。涼やかな音だ。静かな家の中に、さーっという音だけが聞こえる。雨は少し弱まったのかもしれない。中学生の時、図書館の帰りにこんな雨が降っていたような気がする。傘は頼りなくて、雨が中に入ってくるものだから、本の入ったトートバッグごと上着の中に隠して、濡らさないようにして早足で歩いた。その本は気に入ったので、あとからお小遣いで買いにいった。今も本棚にある。私の宝物だ。

 ぽとり、ぽとりと、外の紫陽花が濡れる音がする。滴が艶やかに光っていることだろう。葉の上を、滑るようにゆっくりと進むカタツムリを思い出した。白いレースのカーテンが開いたままになっていたので、閉めるついでに覗き込む。カタツムリはいなかったが、濃い緑の葉は想像以上に瑞々しく、生き生きとしていた。つい微笑んでしまう。私はそっと、レースのカーテンを閉めた。

「休憩にしよう。カフェオレでも入れようかしら」

 銀色のケトルに水を入れ、火にかける。昼に洗った食器を棚に戻していると、お湯がぐらぐらと揺れる音がした。湯気がのぼっていく。私は火を止めた。

 キッチンの小さな窓の外から、水が雨樋をつたう音だけが聞こえてきた。緩やかだった。雨は止んだのだろう。そういえば私は、いつも雨が止んでも気づかず、周りの人が傘を閉じているのを見て、はっとして傘を閉じることが多い。なかなか恥ずかしいものだ。

 コーヒーミルに豆を入れ、くるくると回していくと、良い香りがしてくる。粉をペーパーフィルターにあけ、湯を注ぐ。時間をかけて、回すように注いでいく。コーヒーの香りがたちのぼっていった。この時が、私は好きだ。ブラックコーヒーは飲めないのに、カフェオレが飲みたいだけなのに、どうしたものかこだわってしまう。マグカップにコーヒーを半分まで流し込み、牛乳を入れて、少しぬるいカフェオレができた。

 ソファの端に座り、カフェオレを口にする。ふうっと息を吐く。やっとの休憩だ。家事を終えたので、夕食の準備までは好きなことをして過ごそう。

 隣には、健やかな寝息をたてる人がいる。読み途中だろうか、開いたままの文庫本が手元にあった。静かにそれをとって、テーブルの上の栞をはさんで閉じる。あとで散歩にでも行こうか。水たまりに映る青空なんて、綺麗だろうな。

 私はこの人と見る、雨上がりの晴れやかな空を思い描いた。


「雨音」

心地よい音が聞こえる
屋根をうつ雨の音
軽やかに
思い出すのは駅のホーム
待合室での雨宿り

心地よい音が聞こえる
降り注ぐ雨の線の音
涼やかに
思い出すのは図書館の帰り道
濡らぬようにと本を抱きしめた

心地よい音が聞こえる
外の紫陽花濡れる音
艶やかに
思い出すのはカタツムリ
葉の上を滑るように進んでいった

心地よい音が聞こえる
水が雨樋つたう音
緩やかに
思い出すのは止んだ雨
気づいてひとり傘閉じた

心地よい音が聞こえる
隣で寝息をたてる人
健やかに
今思うのは雨上がり
その人と見る晴れやかな空

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詩を書いたあと、掌編小説のように物語を少しだけつけてみました。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

ちょっとうるさめの雨音ですが感謝カンゲキ雨嵐です!!

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