トロイア戦争とギリシア悲劇
紀元前8世紀頃に書かれたホメロスの叙事詩『イリアス』と『オデュッセイア』はトロイア戦争が描かれた作品としてあまりに有名ですね。
その後紀元前5世紀頃に最盛期を迎えるギリシア悲劇にもトロイア戦争に関わりのあるお話はたくさんあります。
今回はその発端となる神話とギリシア悲劇の作品について少しご紹介します。
■発端 (*1)
世界の人口があまりに増えすぎたため頭を悩ませたゼウスは、ついに大きな戦争を起こして人間の数を減らすことにしました。
ゼウスはかねてより目をつけていた女神テティスを諦め、人間ペレウスと結婚させることにしますが(テティスと結婚すれば生まれた子供は父に優る運命を持つとプロメテウスから知らされたゼウスは泣く泣く彼女から手を引きます。)、その結婚式に一人だけ招かれなかった争いの女神エリスは「いちばん美しい女神へ」と記した黄金のリンゴを宴の場に投げ込み、女神たちの間で激しい対立が起きます。
その中でも特に名乗りを上げたのはゼウスの妻ヘラ、戦いの女神アテナ、愛と美の女神アプロディーテの3人。
そしてゼウスは自分で判定を下すのは避け、この審判役にトロイアの王子パリスを指名しました。
(パリス出産の際、その母へカベは自分が炬火を生んでそれが町中を燃やし尽す夢を見たとして、その夫でありトロイア王であるプリアモスはパリスを殺そうとしますが、山に捨てたところ彼はメスグマに育てられ生き延びていたそうです。)
女神たちはパリスのもとに現れ、贈り物でパリスの審判を自分に有利な方に曲げさせようとします。ヘラは「世界の支配権」を、アテナは「戦いにおける勝利」を、そしてアプロディーテは「絶世の美女」を与えると言い、結果まだ年若いパリスは「絶世の美女」を求めたのでした。
アプロディーテに連れられスパルタ王メネラオスの館を訪れたパリスは心からの歓待を受けたにも関わらず、メネラオスが途中館を出ている間に彼の妻ヘレネを連れて故郷トロイアに向けて船を出します。
こうしてかの有名なトロイア戦争は火蓋を切ることになるのです。
■トロイア戦争に関わりのあるギリシア悲劇 (*2)
現存するギリシア悲劇32作品+サテュロス劇1作品の中で、トロイア戦争に関わる作品はなんと16作品もあります。
(ギリシア神話は一連の流れを持つ壮大なお話なので、他の作品にももちろん関係はあるのですが、今回は直接的な流れの中にある作品だけを選びました。)
トロイア側・ギリシア側各々の悲惨な戦後の様子や、実はあの人物は…というifのようなお話、そして滑稽なサテュロス劇と、実に幅広く扱われています。
◇トロイア戦争中の英雄たちのお話
戦う前に暗殺されるという不名誉な死を遂げた英雄レソス、戦死したアキレウスの鎧兜を受け継ぐことができなかったことから味方の将軍たちに夜襲をかけたアイアス、瀕死の重傷を負い無人島に置き去りにされたフィロクテテスと彼を戦線復帰させるためにつかわされたネオプトレモスのお話が残っています。
エウリピデス『レソス』
ソポクレス『アイアス』
『フィロクテテス』
◇トロイア側の女性たちのその後
負けたトロイア側の女性たちはその後悲惨な運命を辿ることになります。
エウリピデス『トロイアの女たち』
『ヘカベ』
『アンドロマケ』
◇アガメムノン一家の物語
メネラオスの兄でありギリシア側の総大将となったアガメムノンですが、帰国後は血で血を洗う一家の物語が始まります。
アイスキュロス『アガメムノン』
『供養する女たち』
『慈悲深い女神たち』
※オレステス三部作(オレステイア)ー現存する唯一の三部作です。
ソポクレス『エレクトラ』
エウリピデス『エレクトラ』
『オレステス』
『アウリスのイピゲネイア』
『タウリスのイピゲネイア』
◇エジプトにいたヘレネ
ヘレネは実はトロイアには行っておらず、ヘラによってエジプトに送られていたというお話もあります。この作品でのヘレネはメネラオスの貞淑な妻として描かれています。
エウリピデス『ヘレネ』
◇オデュッセウスの帰路
この作品は現存する唯一のサテュロス劇です。(断片や題名のみの現存は他にもあります)『オデュッセイア』で有名なオデュッセウスの帰路も、サテュロスたちにかかれば賑やかでユニークなお話に様変わり。
エウリピデス『キュクロプス』
※サテュロス劇とは悲劇の後に上演された笑劇で、酒神ディオニュソスの従者である半身半獣のサテュロスたちがコロスとして登場します。
※コロスとは合唱舞踊隊と訳される群衆で、集団で1人の人格を持ちます。ギリシア劇はコロスから始まり、俳優はコロスからリーダーが1人抜け出したことで誕生しました。劇の序盤で入場した後は物語の展開をほぼ全て見届けます。
今回のご紹介はここまでです。
今日も一日ギリシア演劇を楽しみましょう。
お読みいただきありがとうございました。
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〈参考文献〉
*1 呉茂一,『新装版ギリシア神話』,新潮社,1994.
*2 山形治江,『ギリシャ劇大全』,論創社,2010.
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※人物の名称には様々な異なる表記がありますので、今回は「ー」のない形式で統一しています。
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