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ベートーヴェンの代表的なピアノ曲〜月光〜しかしこの題名は作曲家本人と無関係だった…

今年生誕250周年を迎える偉大なる作曲家ベートーヴェン。彼のピアノ曲として代表作とも言える3大ピアノソナタ、悲愴、月光、熱情。その中でもおそらく最も人気が高く、よく知られているのが月光。英語で "Moonlight" やドイツ語で "Mondschein" とも呼ばれるこの名曲だが、実は題名の「月光」はベートーヴェン本人とは全く関係がなかった…

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ピアノソナタ集の第14曲目として1801年に誕生したこの作品は「ソナタ・クワジ・ウナ・ファンタジア」"Sonata quasi una Fantasia" すなわち幻想曲風ソナタとして書かれ、本来ならば「ファンタジア」として描かれている世界がこの作品の最大の魅力である。全3楽章に渡りまるで一つのオペラや非歌劇のような情熱溢れるストーリー性を感じさせる。またベートーヴェンが意図的に選んだであろう嬰ハ短調が生み出す独特な響きもそれをさらに際立たせていく。有名な第1楽章はどちらかというと暗く、ディープで物悲しい。僕自身、いったいなぜこの音楽が「月光」と呼ばれているのか、幼い頃から不思議に思っていた…

ではなぜこのソナタは「月光」と呼ばれているのか

ベートーヴェンの死後、ドイツの詩人兼音楽評論家ハインリヒ・フリードリヒ・ルートヴィヒ・レルシュターブがこの作品の1楽章を「ルツェルン湖の月光が照らす小舟のよう」と表現した事が題名の由来とされている。またその当時楽譜の出版社は曲に題名が付いた方がよく売れることから好んでタイトルの後付け作業を行っていた事もあり、以後「月光ソナタ」として出版され、世に広まったと思われる。

月光のイメージ

長年に渡りピアニストと聴衆の多くは「月光」をイメージしてこの作品に接してきた。第1楽章のテンポをかなりゆっくり目に設定し、美しい月の光に合わせた響きと、景色を眺めているかのような解釈が主流となった。

一度この題名から離れて、楽譜を冷静に見てみよう

第1楽章のテンポ表示はアダージョ・ソステヌート、2/2。確かにアダージョは遅めのテンポではあるが、2/2である事を忘れてはいけない。4/4と違ってテンポ感は2拍毎のカウントになる。

次に注目するべき点はテンポ表示の下に書かれている一文。

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日本語に訳すと「全体はとても柔らかく、ソルディーノ無しで弾かれるべき」との指示である。
ピアノのソルディーノはダンパーを指し、ダンパー無しで弾く、つまり右ペダルを踏みダンパーをリリースし、弦を全て解放するという事を意味する。

無論、現代のピアノ、とくにフルコンでダンパーを完全にリリースすると残響がかなり大きくなり、ベートーヴェンがイメージしていた響きとは違った結果になってしまう。しかし当時のフォルテピアノをベースに考えると、現代のピアノでペダルを半分ほど踏み込む「半ペダル」を使うのが、その響きに最も近い表現ができると思われる。

このペダル奏法を使うことによって、たとえダイナミクスがピアニッシモ(pp)であり、デリケートでソステヌートな弾き方を求められていたとしても、ある種の強い残響が広がり、もはや月の光のイメージとはかなりかけ離れた音楽になる。

それほど遅くないテンポ、そしてこの残響を引き出す解釈で第1楽章を弾いてみると、新しい世界観のピアノソナタへと変化して行く。そのまま1楽章を弾き終え、第2、第3楽章へと繋げる流れもより自然なものを感じられるようになる。そしてなによりこの演奏によって、ベートーヴェン本人が意図していた幻想的な作品に初めて近づくことができる気がしてならないのだ…

作品を聴いてみる


第1楽章

第2楽章

第3楽章





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