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I-LANDと『太陽を避ける方法』

I-LANDのプロデューサーインタビューを改めてみたらZICO氏がRain(ピ)様の『太陽を避ける方法』(※)に言及していてとても気になった。
若きプロデューサーである彼がこのI-LANDをプロデュースするうえで一連のコンセプトを考えるとき、この歌はずっと彼の根底にあって、少年達の未来を思い描いた時、行く先に待っている苦難やそれに向き合う姿勢をどれぐらい吸収して力に変えていくだろうかという期待を持って、筋書きが練り上げられた気がする。
リアリティサバイバルオーディション番組にシナリオは存在しないだろうか。作り手は進行しながら筋書きを変えていくのだろうか。
否。
少しの修正はあっただろうけど、メンバー構成はある程度作り手の頭の中にあって、視聴者をはらはらさせながらもたぶん筋書きどおりに進んでいった。
彼らの行動を最新の施設で把握して、この驚くほど才能に溢れたメンバーを最終的に選び出し、プロジェクトの成功に向けて着実に歩みを進めた。視聴者は感動を与えられ夢中になる。それも筋書きどおりだ。
そんなことを言ったら夢も希望もないではないか。そうではない。私たち視聴者は同じ気持ちで苦しんで同じ夢を与えられたのだ。彼らは一筋の光となり私たちファンを明るく照らしてくれている。彼らのひたむきな姿が小さな迷いから救い出してくれることもある。
そうしてI-LANDがスタートして1年後の今、
選ばれた少年達のストーリーは今も続いていて、プロデューサー陣は確かなベクトルをもって突き進む彼らの姿を誇らしく感じているのではないだろうか。
彼らがENHYPENである限り『太陽を避ける方法』は命題であり帰着できないテーマであり続けるような気がする。

※大ヒットを記録し、Rain(ピ)の代表曲のひとつである「太陽を避ける方法」は、2003年10月16日にリリースされたRain(ピ)の2集アルバムのタイトル曲。

<太陽を避ける方法>
泣いている ぼくの姿
バカみたいな ぼくの姿
明るく 照らす
太陽が いやだ 
太陽が いやだ
誰かが ぼくを 調べたら
どうして 泣くのか 尋ねたら
答えを 言ってくれないのが 
本当に いやだった

太陽を 避けたくて
いくら 走ってみても
太陽は ずっと ぼくの 上に あって

君を 本当に 忘れたくて
いくら 努力を しても
いくら 努力を しても 
君は ぼくの 中に いる
今も 君の その 笑顔
君を 触れていた その 両手

懐かしがるのが 
本当に いやで
本当に いやで

多くの 人たちの 中で
笑って 話を 交わしながら
忘れようと したけど 
ぼくは 再び 涙が 流れた

太陽を 避けたくて
いくら 走ってみても
太陽は ずっと ぼくの 上に あって
君を 本当に 忘れたくて
いくら 努力を しても
いくら 努力を しても 
君は ぼくの 中に いる

全部 すべて
ぼくが 忘れたのかと 思う
でも ぼくは 狂いそうだ
本当に 忘れたいのに
消したいのに 
それが できない

太陽を 避けたくて
いくら 走ってみて
太陽は ずっと ぼくの 上に あって
君を 本当に 忘れたくて
いくら 努力を しても
いくら 努力を しても 
君は ぼくの 中に いる

太陽を 避けたくて
いくら 走ってみても
太陽は ずっと ぼくの 上に あって
君を 本当に 忘れたくて
いくら 努力を しても
努力を しても
いくら 努力を しても 
君は ぼくの 中に いる

yo eh eh eh

あまりに 深く 刺さって 
抜くことができない とげのように
あまりに 深く 傷ついて 
治らない 傷のように
君という 人 到底 消えない

別れても 一緒に
生きていく ようで
涙で 君を すべて
流して 消して
捨てることだけできれば

果てしなく 泣く
ぼくの 涙の 川を 作って
流れる ほどに 多く 泣いて
泣いても 君を 忘れて
ありのままに 生きたい
ありのままに 生きたい
ありのままに 生きたい

下記引用しました
https://ameblo.jp/junjoetaguchi/entry-10583763133.html


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