文字を持たなかった昭和 七十二(蜜柑の花)

♪みかんの花が咲いている 思い出の道 丘の道
 はるかに見える青い海 お船が遠くかすんでる〈70〉
 
 蜜柑の花が咲く季節です。

 5月に入ると農家の庭、通学路の脇の畑、そしてミヨ子(わたしの母)たちが開墾した蜜柑畑の蜜柑が次々と花をつけた。

 蜜柑の花は白く小さくて、愛らしく、とてもいい香りがする。濃い緑の葉っぱの先々に白い花がいっぱい咲いている風景は、初夏ならではの爽やかさだった。

 ミヨ子たちの蜜柑畑のいちばん高い所からは、「お船」はともかく遠くに海――東シナ海――が見えた。「青い」と感じられるほどはっきりした色でもなかったが、夫の二夫(つぎお)や舅が組んだ石垣の、蜜柑の枝の間から海を眺めるのは、束の間の憩いだった。
 
〈70〉「みかんの花咲く丘」加藤省吾作詞、海沼実作曲

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?