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私は婆娑羅の息子です

会社を休み、本棚を整理していると懐かしい本が出てきた。父が20年前に執筆した『チームマネジメント 婦長・主任がとりくむ職場づくりのノウハウ』という小冊子だ。産労総合研究所が発刊する雑誌『婦長主任新事情(現・看護のチカラ)』の付録らしい。

生命保険会社で教育畑を歩んできた父は、定年退職後も、教育や能力開発のコンサルタントとして活動し、著書をいくつか執筆している。なかでも、潜在能力を開発する『シルバ・メソッド』という本は、私自身が大学受験にフル活用させていただいた。同書のおかげで、私は第一志望の大学に合格できたばかりか、当時の学力レベルでは全く想定できなかった大学にも合格できた。床の間にでも飾っておくべき書籍である。飾ってないけど。

父は教育コンサルタントだけでは飽き足らず、様々なジャンルに挑戦した。漢方薬の輸入商社「メディカル・サポート・インターナショナル」を創設して代表取締役に就任したほか、国学院を修了し権禰宜として二宮神社(神戸)に奉職し、後に神社本庁より正階を授かった。さらに古伝承の舞「筑紫舞」を学び、免許皆伝を許された。伊勢神宮式年遷宮の際には舞を奉納したというから畏れ入る。

80歳の手前頃から難病に罹患して以降は、もっぱら書道に没頭。地元の展覧会には私の娘、つまり父の孫を連れて、展覧された書を見に行ったりした。

あらゆる分野に長じ、その探究心は全く衰えることがない。そんな父を形容する言葉を、私は持ち合わせていなかった。

しかし今般、私が尊敬する舞台俳優、轟悠氏の退団公演のタイトルに、ついに父を表現する言葉を見つけた。せっかくだから父を連れて、轟さんの退団公演を観に行こう!などと思ってみたものの、超入手困難な同公演のチケットを入手できるはずもない。

もっとも、入手できたとしても観劇は叶わなかった。

絢爛たる江戸文化が花開いた頃。本所の長屋に、人々から「婆娑羅の玄孫」と呼ばれ慕われる細石蔵之介という男が暮らしていた。室町幕府設立の立役者でありながら文化芸能に通じ婆娑羅大名と呼ばれた佐々木道誉の子孫で、近江蒲生郡安土を治める佐々木家当主の次男として生まれた蔵之介であったが、母の身分が低い為家名を名乗ることも許されずにいたのだ。しかし非凡な才を持ち、近隣の子供に学問や剣術さらには歌道や茶道を教えるよろず指南所を営む蔵之介は、さすが道誉の血を引く者として長屋の人々の自慢の存在となっていた。

病院のコンサルティングを精力的にこなしてきた父は、入院中もコンサルタントの視点から、看護師さんたちの働きぶりを観察していたに違いない。

もはや父の話を聞くことはできないが、できることなら父の著書『チーム・マネジメント』を、大変お世話になった病院に進呈できれば父も喜ぶのかな、などと考えたりしたが、コロナ禍で多忙を極めている今はご迷惑だろう。

現在、全国の病院では、入院患者との面会が原則禁止されている模様である。そんな中、病院の方々には、父の最期の1週間、父との面会を様々に工夫していただいた。病院・看護の責任者およびスタッフに、深く御礼を申し上げたい。



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