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女子校の王子様やってる/やってた人たちにラブレターを書きました

あなたは覚えているだろうか、王子様のことを。
あなたの学校にいた王子様は今どうしているだろう? 大学生になった途端アンバランスで似合わない化粧を覚え、不格好に髪を伸ばし、みるみるうちに洗練されたおんなになって、もしかしたらもう結婚してお母さんになっているかもしれない。
王子様に目をハートにしていた子たちだって、今はそんな子がいたことなんて忘れて、男の人と恋愛をしているかもしれない。というか多くの場合きっとそうだろう。
私も高校生のとき、Fランクぐらいのショボい王子様の端くれをやっていた。
私は世に聞く王子様たちみたいな絶大な人気はなかったし、身長も中ぐらいでパッとしないし、普段はただの腐女子なので教室の隅でアングラなものばかり読んでいて目立たなくて、唯一輝けるとしたら舞台上で男役を演じているときだけだったから、自分をかつて「女子校の王子様だった」と大声で言うのは憚られる。でも、“一応その類だった”人間の話として聞いてほしい。
どうしてこんな恥ずかしいことを書こうと思ったかというと、世の中に「王子様」の一人称があまりにも少ないと思ったからだ。
それもそのはず、王子様はミステリアスで何を考えているか分からなくて、どこか聖性を孕んだものでなくてはならない。生々しい世俗とはかけ離れた、いわば夢の存在でなくてはならない。だから、王子様、殊更、女子校の王子様の一人称はない。あるべきではない。
しかしながら私は、エッセイを書ける側の人間として生まれついてしまった。私には残念なことに、『身を切り刻んで、その血肉でインターネットの大海にエンタメを綴る』というわけのわからん才能がある。
だから今からここに現れるのは、あなたの憧れの王子様、あるいは王子様である自分自身、の幻想を打ち砕く、生々しい、生きている、肉体かもしれない。見たくない人は無理に見る必要はないかも。
それでも、なぜこのエッセイを書こうと思ったかというと、他でもない、私は王子様が好きだからだ。
これは、今まさに学園という狭い世界の中で、肉体を持った生身の人間でありながら、同時に少女たちの夢幻の中にも存在し、しかもその男でも女でもない都合のいい救済めいた夢幻を背負わされ、自らの肉体はまごうことなき女以外に何者でもないという、あの狭間で生きている王子様たちのためへのラブレターである。


王子様たちへ

結構楽しかろう、と思う。
私もなんだかんだで楽しかった。ちょっと目立ったおかげで、クラス内外とも、いろんな学年の人とも繋がりが持てたし、女の子たちのキラキラした瞳の輝きを独り占めできるのはいい体験だったと思う。大人になったらあんなことはもう二度と経験できないし。
ただ、もしあなたが陽キャ体育会系王子様でも、根暗サブカル文化系王子様でも、ふとした瞬間にチクッとすることが少しでもあるとするならば、この先を読み進めてほしい。
あなたは見た目もシュッとしてかっこいいし、それだけでなく、スポーツや歌やダンスやお芝居、あるいは勉強や絵画や文章かもしれないが、何か頑張る姿にキラリと光るものがあり、ついつい周りの人の目を惹いて、ときめきを与えてしまう魅力を持っている。
しかもそれを、黄色い声援や少女たちの瞳の中に浮かんだハートから、少しだけ察してしまっている。
するとどうだろう、そんなの知らねえよと冷たくあしらう王子様も素敵だが、期待には応えてあげたくなるのが人間の性だろう。求められる理想像に少しでも手を伸ばせば周りから喜んでもらえるっていうのは普通にかなり楽しい。誰も損しないし。
ただ、そうやっているうちに、気がつけばふっと足がすくむことがある。
みんなが称賛しているそれに、無視されている、あるいは誤解されているものがありはしないか?
冒頭で「女子校の王子様」を、気付けば霧散してしまう儚い幻想かのように書いたが、それを演じているのは、実在するあなた自身だ。
あなたは、どうした、どこへやった。
そんなこと今更言われたって、私はずっとこんな風だし、弱さや女の子らしさなんかもともと持っていないし、甘えたいとかカッコ悪くても許してほしいとか、そんな風には思わないさ。
と、きっとかっこいいあなたなら思うだろう。
そう、あなたは普通にしててもかっこいいから、別に、すごい頑張らないと王子様の幻影を維持できなくなって、醜く老いさらばえた魔女の姿が露呈してしまう、というわけではない。
魔法なしでも王子様なんだから。
演じるということを、すごく難しいことのように思っている人も多いと思うが、実際のところ「演じる」なんて無意識にみんなやっていることだ。わかりやすいところで言えば、一人の人間が勤め先で見せている顔と、家に帰ってきて恋人や配偶者や子供の前で見せている顔、はたまた同窓会で古い友人とご飯を食べるときの顔、そのすべてはどんなに裏表のない人間でもTPOに合わせて変化し微妙に異なっているはずだが、そのどれかが本当で、そのどれかが演じている嘘、というわけではないのは容易に理解し得るだろう。
誤解を生じやすいのがここだ。「無理している、嘘をついている」ことだけが「演じる」ではない。
あなたも自分を偽って王子様をしているわけではないはずだ。そんなものは続かないし、そんな生半可なものであなたのように多くの人の心を惹きつけ、信頼されることはできない。
しかしながら、その自然体のあなたを見たときに、多くの人々の内心に宿る「理想」や「決めつけ」は、想像を絶するほど強力なのだ。これはさすがのあなたでも、時に無遠慮なそのパワーにぐっと奥歯を噛み締める場面もあるのではなかろうか。
こういう決めつけは、あなたの見たくないところからは完全に目を背けることが出来る、あるいは捏造すら平気でやってのける、ものすごく大きな力がある。よく使われる言葉で言えば、「偏見」っていうやつだ。偏見を侮ってはいけないし、そういう決めつけを悪意なくクラスメイトやら誰かから急にぶつけられたら、あなたは傷ついていい。
たとえば、性や、身体のことについては、最も重大な事柄である。
本当はそんなことをあなたに誰からも言わせたくはないのだが、その理想からくるたくさんの決めつけや思い込みを封じることは、残念ながら私にはできない。
悲しいことに、人間は多様性に対する想定や理解よりもはるかに先に、偏見を覚えてしまう生き物なので、まだ知識が少なく経験が浅い高校生なんかは、大半が偏見にまみれた差別主義者予備軍と言っても過言ではない。(これからどうなるかはどれだけ視野を広く持つかにかかっている)
だから、今私があなたたちに真っ先に言いたいのは、傷ついていい、ということだけである。
もしかするとそんなことで傷つくのは女っぽくて、らしくないと思ってしまうかもしれない。それこそがあなたも毒されている偏見のひとつなのだが、今はそうして、強いあなたでやり過ごせるかもしれない。
でも、いつか、5年後とか10年後になってもいいから、傷ついていい。
誰にでも、その人固有の性とセクシュアリティー(どんな性別を好きになるか、それともならないか)があり、それはとても自由で人それぞれのものだ。その自由はとてもデリケートで、あなたのそれも、他の思春期の子供達と同じように、じっくりと時間をかけて形成され、紐解いて理解していくものなのに、どうにも王子様のそれは周りがやたらとジャッジしたがる。
具体的に言ってしまえば、「王子様だから内面も男らしく/女の子を好きでいてほしい」勢と、「王子様だけど実際には女性の心を持ち/男と恋愛する人であってほしい」勢がいる。
後者は完全にホモフォビア(同性愛嫌悪)だしトランスフォビア(性自認の多様性に対する嫌悪)だ。あなたがどう思うかに関係なく「王子様と彼女たち」の関係をごっこ遊びと切り捨てる、恋愛にも友情にも侮蔑的で、短絡的な、最悪な考え方だと、あえてきつく言いたい。
そして前者も前者で、男女恋愛のステレオタイプに押し込められた決めつけか、思い込みの激しい百合好きかなにかだ。自分勝手も甚だしいのに、なぜかこっちのタイプはマイノリティに理解あるぶって、正義感たっぷりにその自分勝手さを披露しにくる場合が多い。
あなたの心が自分の性別をどう捉えているのか、誰と恋愛するのか、しないのか、は、あなたの決めることであって他人がどうこう言うことでは絶対にない。あなたの見た目も関係ない。
だからこういうことを言われたら、傷ついていい。
確かに、「王子様と彼女たち」は、男女を模した疑似恋愛としての側面を大きく持つし、あなたの実際のセクシュアリティがどうであれ、その疑似恋愛に乗っかる人も乗っからない人もいると思う。そしてこれはごく自然に、「茶番」として行われている営みなんじゃないか? ごく自然すぎて、意識もしないほどに。
でも、「女子校なら普通のこと」と素通りせずに、ここまで読んだのならよく考えてみてほしい。
私は、これが疑似恋愛だったからといって、茶番だったからといって、看過していい、雑に扱っていいものであるとは思えない。
この友情と、恋愛と、おふざけの間には、たまに「本気」も介在してしまうからである。(人間が複数人いるんだから、もちろん関係に様々な重みが発生するのは当たり前のことなのに、なんか茶番やってるとなかったことになっててウザいよね!)
茶番をやるなとは言わない。だってあれは楽しい。大人だってやる。私も未だにやっている。でも、本来ならあれをやっていいのは、隠れているかもしれない「本気」と「真実」の存在を、存在し得ないものと決めつけたり、無理に暴こうとしたりしてはいけない、という認識を当たり前として持ち合わせている前提に限られる。
「本気」や「真実」は思い込みや決めつけよりはるかに多くのバリエーションを持っている。恋愛感情だけではない、本気の愛情、友情、憧れ、崇拝。名前のつかない「本気」。ましてやあなたたちがやっている男女恋愛を模した茶番と、同じ形をしている確率の方が低い。
まだあなたが出会ったことがない、想像もつかないような感情が突然発生してもおかしくない。
だから、これはリスキーな遊び方だ。
まだ高校生であるあなたたちがやるには、とても。
でも起こってしまっているものは仕方ないから、またこれを言う。
「あなたは傷ついていい」と。
そしてもう一つ。あなたも傷つけないように気をつけてほしい、とも。


卒業したって普通の女になるのはどうにも難しそうだ、と思っている王子様と、かつて王子様だったすべてのあなたたちへ

私が知る限り、王子様だったあなたたちは、高校を卒業するとあっさりただの女になれる場合もものすごく多い。それが、あなたの意思を無視して女らしさを強いられた結果でないことを祈る。
が、もしそうであるならば、やめろとも続けろとも言えない。
今この世界では、これはどちらの苦しみを選ぶかの話になってしまうし、どちらだとしても責められないからだ。
でも、実際のところ、「王子様」と、あなたの体は、そんなに簡単に切り離せるだろうか。
顔つきが凛々しく、腰が四角く、手足が細長くて、短髪が似合う。
私が自分自身を舞台上で男役として映える人間だと認識しだしたのは、確か15歳ぐらいの頃だった。
元はと言えば、私は王子様に憧れる側の人間だった。でも、その幻影を追い求めるあまり自分も王子様をやろうとしていたし、それがあろうことか、ものすごくしっくり来てしまった。
可愛いよりはカッコいい方が好きというもともとの趣味も相まって、それから、女の子だらけの集団生活のちょっとした息苦しさから逃れるためにも、「王子様」という人ならざる特別枠におさまるのは我ながらよくできた処世術だったと思う。
もう7年ぐらい前のことなので、詳細に当時の感覚を覚えていないが、今に比べるとかなり気を張って私は私というものをやり遂げていたような気がする。周りから投げかけられる好き勝手な決めつけや理想に身を任せているのは、傷つかないように自分の体を意識の外に追いやるのは、楽だった。
でも、同時にどこかでチクッとする違和感を抱えたままでの、逃げでもあった。
だから、私は自分を守りたいがために、高校卒業後、ずっと「無理して王子様をやっていた」と思い込んで、フェミニンな格好をするようになった。そうすれば王子様をやめることで、周りからの決めつけの呪縛から解放されて、自由な、ありのままの女になれるような気がしていたからだ。
でも、やってみたら、なんか違った。全然しっくりこなかった。
実際、私が突如女らしく装うことは、王子の仮面を脱ぐことは、ありのままの私になることを意味していなかった。顔がめちゃくちゃ男顔だから似合わないとかそういう話ではない。
本当は、王子様をやめても、周りからそのような理想を要求する人がいなくなっても、私と私の肉体にこびりついた精神の理想である「王子様」という在り方は、嘘偽りない私自身の信条だったからだ。
そのことにやっと気付いたのは、だいぶ最近。大学生の頃ですらあまりぴんときていなかった。
私は好きなようにやった結果、ありのまま、なりたい自分を目指した結果、王子様になりたかったし、王子様でありたかった。
そして、やっぱり7年が経過した今でも、できることなら「王子様であり続けたい」と思っている。このことに、無理に演じる労力や自分を殺すような我慢は、一切ない。
ただ、これは私に対して自分勝手な決めつけや理想を、他人に許してもかまわないという意味ではないということを分かってほしい。
高校を卒業してからの7年余り、「かっこよくしてても理想を求められて息苦しく、女らしくしたらしたでまた他の決めつけも生じるし、結局息苦しくて好きなようには生きられない。どうしてどっちに転んでも納得いかないんだろう」と悩んできた。
でも、やっと今頃になってよく分かる。
私の見た目やファッションや振る舞いがどうであるかなんてことは、問題の本質じゃなくて、本当に一番良いのは、周りが私のことを、何も決めつけず、どんな一面も無視せず、どんな内情を孕んでいるか分からない不確定の他者として、扱ってくれること、それだけなのだと。
まあ、勿論そんなにうまくはいかない。でも、最近はある程度周りに理想を持たせすぎないうまい立ち回り方、あるいは詮索させず謎の人物を貫く余裕すら出てきて、結構楽になった。
楽に生きるためには日々努力が欠かせないんだなあ、と矛盾したことをよく思う。


おわりに

私の話を聞いてくれてありがとう。普遍的な悩み、所謂王子様あるある、なところに寄せようと努力して書いたつもりだが、それでも所詮、私の例に過ぎない。
王子様の数だけ、王子様の喜びと葛藤、そして魅力が存在していると思うし、私にもそのすべてを想定することはできない。そしてその一つ一つが本当に尊いと思っている。
ごちゃごちゃ書いたが、女の子たちが黄色い悲鳴をあげるようなかっこいい男性、ひいてはさらにそれより極上の存在である「王子様」のロールを引き受けるのは、正直言って並大抵のことではない。あなたたちは生きているだけでよくやっている。
そもそもそんなものは存在しないからだ。ペガサスとかと一緒だ。
でも、再三言うが私は王子様が大好きだ。あなたがた一人一人が、どんな現実と向き合っていようと、いだかれた理想に沿えない部分があろうと、そんなところも全部大好きだ。
なりたいぐらい大好きだからなろうとしている。25歳を目前に控えた今でも。私は未だに王子様として完成してはいない(ペガサスは存在しないので)。これから死ぬまでずっとそれを、私だけのそれを、完成させようとしていきたいと思っている。
最後にこれだけ伝えておきたい。
あなたが素敵なのは、容姿や性格が凛としているからというだけではない。
その輝きは、たとえ高校を卒業しても、短髪をやめても、やめなくても、スカートを履いても、履かなくても、男が好きでも女が好きでも誰とも恋愛しなくても、結婚しても、しなくても、絶対失われない。
だから大丈夫。傷ついていいし、自分を嫌いにならないでいい。
少しでもこの文章が、あなたが明日からもあなたとして生きていく強みになれば嬉しい。

2020.11.09 千晶

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