タイトル未定の小説

私は目の前に黒板と教授だけが見えている景色が好きだ。前に座る学生のプリン頭にも、ブランドものっぽい洋服にも、内職しているレポートの画面にも邪魔されることなく、自分は学生の本分である勉強を人一倍真面目にしているという気になって優越感を噛み締められるからだ。でもそれは勉強している気になっているだけであって、黒板の化学反応式も、教授の口からだらだらと放たれる聞いたことがあるような、ないようなという感じの専門用語にも興味はない。本当はプリン頭を見て、地毛があの色ならずいぶん冒険したなー、イメチェンしたかったのかなー、とか、高そうな洋服を見て、バイト漬けなのかなー、とか、レポートを見て大変そうだなー、でもよく教授の前で堂々とパソコン開けるなーとか考える方がまだ授業中頭を使っているのではないかと思う。後ろに座っている人たちは、授業を聞いているのだろうか。今日も内職で全くこの授業に関係のないレポートを仕上げているのだろうか。別にそんなことはどうでもいい。ただ、優越感に浸ることでしか自分の存在価値を見出せないこの性格だけは何とかしなければならない。もう、そのように寄りかかるものはないのだから。

3週間前、私は実質独り暮らしになった。早い話が家族に愛想を尽かされ「甲田家」のコミュニティーから除外されたのだ。父、母、弟、祖母と私の5人暮らしだったが祖母以外はもう他人のように振舞うようになった。朝起きて、おはようとあいさつをしても素っ気ない、行ってきますと言っても小さくうん、しか言わない、挙句の果てにただいまに関しては無視だ。祖母は私が起きるころにはもう朝ごはんも身支度も済ませてデイサービスに行っているし、帰るころにはもう寝ているため大学がある日はほとんど会わない。
母は、私のご飯も作らなくなり、大学に持っていく弁当も作らなくなった。だから食事はほとんど自分で作るか、面倒だと安い牛丼やハンバーガーを買ってきては私の部屋でベッドに寄りかかりながら食べるのだ。
ある日、11時過ぎに家に帰ったら珍しく祖母だけが起きていた。家族に無視され続けていたためすっかり「ただいま」と言う習慣がなくなってしまい、「起きてたんだ」と思うだけだった。すると、低くてガラガラした、でも微笑むような温かい声で
「おかえり、遅くまでごくろうさん。」
と言われた。
久しぶりに言葉をかけられてひどく動揺した。思わず泣きそうになって祖母の顔を見ることなく「うん」ということしかできなかった。
 「なんかご飯買ってきたの?お腹すいたでしょ、ちょっと待ってね、いまおばあちゃんおにぎり握ってくるから」
その優しさだけで胸がいっぱいになり、胸に収まり切らなかった感情でお腹までがいっぱいだった。しばらくしてから、祖母はラップに包まれた白く大きな丸いかたまりを大切そうに持ってきた。
「はい、足りなかったらまだご飯あるから言ってね」と祖母は微笑んだ。
「ありがとう、いただきます」と手を合わせ、ラップをひらくと米粒がたくさんくっついてきた。それを丁寧に指でつまんで食べ、いよいよ白い塊にかぶりついた。

つづく

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