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となりの席のやんちゃな天使

「おひさまたち」のひとりの話。

みんなと出会う半年ほど前、ひとりだけひょんなことからすでに出会っていた子がいた。

当時、私は大学4年目で2年生で休学中、あの子はぴかぴかの1年目。あの子の目に私はどう映っていたのだろう。

今度の春から一緒に授業受けるからよろしくね、と言ったら、えええどういうことですか?!と目を丸くして、でも笑っていたのをなんとなく覚えている。

春、私が震える手で教室のドアを開けておそるおそる顔を上げた時に、真っ先に知り合いの顔で、あ!みやこさん!と言ったのはあの子だった。

みんなの邪魔にならないように教室の隅っこにいようと思っていた私を、いやここでしょう、といつも最前列の自分の隣に座らせたのもあの子だった。

なるべく波風を立てず悪目立ちせず、ひっそりと過ごすはずだった私の大学生活後半の3年間は、大きく形を変えた。

世の中、天使みたいな子がいるもんだなぁと思った。

ところがこの天使、なかなか一筋縄ではいかない。

ある程度仲良くなってくると、天使は相当ないたずらっ子だった。

しょっちゅう隣の席から、みやこさんならこれわかりますよね?だってペルシア語勉強して何年ですか?と嬉々としてプレッシャーをかけてくる。

会話の授業でペアを組もうものなら、冷や汗が止まらない私をよそにいきいきとアドリブを入れまくり、私が途方にくれるのを見て楽しげに笑う。

ネイティブの先生が「もう、どうしてそんなにみやこをいじめるの!?」と口を出してくるほどだった。

時にやんちゃぶりに苦笑いしつつ、気まぐれに振り回されつつ、それでもこの3年間、あの子に救われていたのは間違いなかった。

休学を経て、がんばって卒業するぞ、と心に決めて復学した後も、劇的に変わることなんてできなかった私はたびたび授業を休んだ。

私が授業時間に教室にいなければ、たちまちあの子から電話がかかってきた。後から黙って自分がとったノートを送ってくれることもあった。

うなだれて「ごめん」と「ありがとう」を繰り返すと、貸しだから将来倍にして返して、といたずらっ子の顔で笑っていた。思わず私も、参ったなぁ生きてるうちに返し切れるかしら、と笑い、重く沈んでいた気持ちがふわりとほどけた。

そんなことが3年の間に数えきれないほどあった。あまりに迷惑をかけているから、もうそろそろ愛想を尽かされるのでは、と何度も思った。しかしあの子は決して匙を投げなかった。私以上に、私のことを諦めないでいてくれた。

気まぐれでいたずらっ子でいじわるで、でもとても、優しかった。

私がめげそうになるたびに何回も言われた、一緒に卒業するんでしょ?という言葉。私はなんて返していたっけ。できればそうしたい…とか、そうだといいんだけど…とかだっただろうか。ずっと自信がなくて、弱気だった。

でも、そんな会話が現実になる春が、気づけばもう、すぐそこに来ている。

あの子に叱咤されつつ、どうにかこうにか背中を追いかけてのぼってきた坂道は、ここで分かれ道。ぜんぜん方角が違うから、もしかしたら、もう交わらないかもしれない。

これから違う道を歩いていても、時々彼方を眺めたなら、遠くにあの子が見えるだろうか。手を振ったなら、気づいて、振り返してくれるだろうか。

いや、どうかな。きっとあの子はいつも前を向いているから。それに、たとえ気づいても、きっと素直に振り返してはくれないから。

それでも、願わずにはいられない。あの子がこれから足を踏み出す山道も、あの子自身も、ずっとうつくしくかがやいていますように、と。

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