10年前の読書日記5
2013年3月の記
ついに順番が回ってきて、スットコランド町内会の理事を4月から1年間やることになった。面倒くさいが順番だからしょうがない。
それで理事が集まってその中から町会長を決めることになったのだが、当然誰もやりたがらない。仕方なくくじ引きとなって、2歳ぐらいの子どもを持つお母さんが選ばれ、大いにうろたえていた。
小さな子どものいる家庭の大変さは私もよく知っているから、かわいそうとは思うものの、そんなことを言えば、じゃあお前やれ、ってことになるから、黙っていた。深く同情はしつつも、それはそれだ。ここは心を閉ざして、水生昆虫のようにじっとしているつもりであった。
ところがその後、ふと気がつけば、なぜか書記に手を挙げていたのであって、おお、いったい何ゆえに立候補しているのかワシは。
実に意味不明としか言いようがないが、しーんとなった会議の場で、逃げ隠れする緊張感に耐えられなかったものと思われる。
この件により、自分は水生昆虫に向いてないことがよくわかった。食べ物がある程度そばまで寄って来ると、じっと待つことに耐えられず、ひきつけるより前に、うううおおおりゃあ、って動いてしまうだろうからだ。生まれ変わるときは、昆虫じゃなくて藻か石にしようと思う。
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北尾トロさんに頼まれ、4月に出る新刊をネタに西荻窪でトークイベント。
そのさい、トロさんが編集・発行している雑誌『レポ』をもらったのだが、これがライター特集で、フリーライターはちっとも儲からない、という話が多角的に書いてあった。
ライターについてどんな話をしても最終的に貧乏という現実に落ちてくるところは、実に身につまされ、他人事ではないというか、まさに自分のことであって、今後の希望はどのへんにあるのか、砂漠で水を探すような気持ちで読んでいった。そうして気がつくと、どういうわけか私も『レポ』に連載を持つことが決まっていた。
いや、それはありがたいんだが、そのぐらいでこの苦境を脱することはできない。ライターは今後どうすればいいのか、ポアンカレ予想に匹敵する難問であり、今後も『レポ』編集部で深く追求していってもらいたい。
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仁科邦男『犬の伊勢参り』(平凡社新書)を読む。
江戸時代から明治にかけて、犬が単独で伊勢参りをする姿がたびたび見られた。日本中で多くの目撃談が記録として残されているという。都市伝説ではなく、事実らしい。いったいどういうことなんだ、犬が伊勢まで何しに行くんだ? 道わかるのか? さっぱり理解不能ではないか。というわけで面白く読んだ。
それにしても、世間にはまだまだ不思議な小ネタが落ちているものだ。そういう意味で、書き手の目線でも興味深かった。こんなネタ、いったいどうやって見つけてくるんだろうか。
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息子に新しい自転車を買ってやったら、サイクリングに行きたいというので、最近建設中の新しい道を見に行くことにした。
道が好きだ。
新しい道ができるたびに不思議に思うのは、今までいったいそこには何があったのか、いつもさっぱり思い出せないことである。今回の道も住宅街のなかを貫通しており、そんなまっすぐな土地が貫通していたのなら、それはそもそも最初から道だったんじゃないかと思うのだが、その道は今初めて道になる道であった。道ができる前の写真を撮っておけばよかった。
そこでさらにもう一ヶ所、やがてここにバイパスができると言われている場所を見に行った。まだ雑木林で、道の気配は全然なかった。この景色を目に焼きつけておいて、バイパスができたときに、あれがこうなったのだ、と次こそは納得しようと思う。
ちなみに、このたび変速付の自転車を手に入れた息子は、上り坂でも調子よくすいすい上っていき、こないだまでベビーカーに乗っていたというのに、もう全然追いつけなかった。道ではないけど、子どもこそは、あれがこうなった、の最たるものだ。今の姿をしっかり目に焼き付けておこうと、その後姿を見ながら思ったのだった。
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能町みね子の旅エッセイ『逃北~つかれたときは北へ逃げます』(文藝春秋)を読む。淡々とした筆致は、旅の情景と温度を見事に伝えている。行間に風景が浮かぶようであった。
著者は、とにかく北ばっかり行く。青森、新潟、稚内、しまいにはグリーンランドまで行ってしまう。
あとがきで著者も書いているように、疲れたら、人は南に行くのが一般的だと思う。ふつうはそうだ。しかし、本の雑誌の杉江氏も寒いところに住みたいと言っていたから、実際は南向きの人と、北向きの人が両方いるのだろう。
私の場合、よくよく考えてみると、ああ、もう面倒くさい何も考えたくない、ってときは南の島で、ええい、うるさいうるさい、ひとりでじっくり考えさせろ、ってときは北の大地へ行くかもしれない。とするなら、北へ行きたい人は、周りの雑音に疲れた人ということになるのか。では、南へ行きたい人はどういう人なのか?
なんてことをあれこれ考えているうちに、方角とは別に、元気がなくなってくると海外よりも国内を旅行したくなるという法則を発見した。そんなのは自分だけだろうか。
いずれにせよ最近国内ばかり旅行してる自分はすっかり弱体化しているのだと思い至り、やっぱり体力をつけねばと思ったのである。
本の雑誌2013年4月号より転載