にわかに国際政治の焦点となるシリアの変動
シリアでは「シャーム(レバント)解放機構」や「シリア国民軍(SNA:自由シリア軍)」など反政府勢力がアレッポに続いて中西部のハマ(ハマー)市も制圧した。シリアがにわかに中東政治の焦点となりつつある。
2016年に、アサド政権を支えるロシアとイランは、シリア最大の都市アレッポ東部の反政府勢力を壊滅させるのに1年以上の爆撃、地上攻撃を行った。ところが、この12月になって、反政府勢力はわずか4日足らずでアレッポ市とアレッポ県の大部分を解放した。
ロシア軍は地中海の基地を維持し、イランとヒズボラはシリア北西部で反政府勢力の進軍を封じてきたが、反政府勢力の攻勢を前にしてその防衛ラインをあっさり放棄した。
2020年以降、ロシアとイランは反政府勢力の攻勢を封じ、アサド体制はアレッポや首都ダマスカスを含むシリアのほとんどの大都市を支配してきた。他方で、トルコはシリア北西部を拠点とする反政府勢力を支援し、米軍はシリア北東部に駐留し、クルド人勢力による自治を支えてきた。
国際的に孤立するロシアや、イスラエルと衝突するイランはアサド体制を支える余裕がなくなってきた。イランは2012年9月からアサド政権軍を事実上コントロールするようになり、数万人の民兵に訓練を施し、またヒズボラは2013年からシリア・レバノン国境付近のアサド政権軍を支えるために介入を行った。ロシアは2015年から空爆を開始し、特殊部隊を投入した。こうした支援があって東アレッポは2016年に政府軍によって奪還され、反政府運動が始まったダラア県とシリア南部は2018年に陥落し、2020年3月にロシアとトルコの仲介による停戦が成立した。しかし、反政府勢力が拠点を置くシリア北西部を政府軍が奪還するのを手助けしたり、北東部のクルド人勢力を排除することを支援したりする力はロシアやイランにはなかった。
ロシアの空爆などによって国土の大半は荒廃したが、アサド体制は「解放」した地域を復興する力量などなかった。シリア経済は2010年から20年の間にGDPの半分以上を失い、2011年に1ドル=47シリア・ポンドであったのが、現在では1ドル=13,000ドルにまで暴落している。アサド政権による人権侵害と大量殺りくを理由とする国際的制裁は現在でも継続している。
アサド体制はロシアとイランによって支えられてきたが、2022年2月にロシアのプーチン大統領はウクライナに侵攻し、ロシアのエネルギーや資源の大半をウクライナに注ぐと、ロシアもアサド体制と同様に国際的な経済制裁の対象となった。イランは、女性のスカーフ(ヒジャーブ)をめぐる反政府運動や、イスラエルとの軍事的衝突に注意をとられるようになり、ヒズボラもまた24年9月からボケベル攻撃を皮切りにイスラエル軍の空爆や地上侵攻を受けるようになった。このように、アサド体制を支えていた枢軸がその注意やエネルギーをシリアに注ぐ余裕が急速になくなっている。
シリアの反政府勢力を支援してきたのはトルコだが、トルコのシリアに関する目標はアサド政権の打倒ではなく、クルド人武装勢力「クルド人民防衛隊(YPG)」やクルド人を主体とする「シリア民主軍(SDF)」の弱体化や解体だ。YPGはトルコの反政府武装勢力「クルディスタン労働者党(PKK)」と連携しているとトルコ政府は見ている。クルド・ナショナリズムと社会主義に方向づけられるPKKは1970年代からトルコ政府に対する武装闘争を行い、トルコの深刻な治安上の脅威となってきた。1月から政権に復帰するドナルド・トランプは、2019年10月にトルコによるシリアへの軍事侵攻と、クルド人武装勢力への軍事制圧を承認したが、クルド人武装勢力はIS(「イスラム国」)との戦いで米軍と協調していた。トランプは容易にこの同盟関係を裏切った。
イスラエルのヒズボラやイランへの攻撃がシリアの反政府武装勢力の反転攻勢を招いたが、イスラエルは、長年にわたってイスラエルとの戦争を行っていないアサド体制の存続を望んでいる。反米・反イスラエルのイスラム主義の反政府武装勢力が政権を掌握すれば、その対イスラエル政策は不透明で、イスラエルに敵対的姿勢をとる可能性がある。イスラエルにとってはアサド体制が弱体化してイスラエルの安全保障上の脅威にならないことがベストの選択だ。
表紙の画像はシリアのパレスチナ難民キャンプ