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イスラムの人から評価された日本人の相互扶助と互恵の精神

 アフガニスタンで支援活動を行った中村哲医師は過日も書いたが、平和と相互扶助は人類の文化遺産だと語った。俳優の菅原文太は山梨県内で農業を営みながら、市民運動グループ「いのちの党」を結成して代表となり、一貫して戦争反対を主張した。彼は、中村哲医師のことを「弱きを助けて強きをくじく『侠気(きょうき)』の人」と敬意を払っていた。平和と相互扶助が人類の文化遺産と語るところにも中村医師が侠気の人であることが表れている。

中村医師に魅せられて ペシャワール会の記録映画、菅原文太さんがナレーター  https://www.nishinippon.co.jp/item/n/566666/

 中村哲医師は「栄枯盛衰は世の常である。しかし、人もまた、自然の一部である。天の恵みを忘れ、天から与えられた相互扶助と和の心を失い、人為の世界を誇り、驕慢に至れば、自ら造り上げた迷路に陥って自滅する。これは他人事ではない。」と語っている。(「地元農民の生存を賭けた働きと日本の良心の証 2009年度現地事業報告『ペシャワール会報』104号)

 アメリカがアフガニスタンで行った対テロ戦争、あるいは今イスラエルが行っている戦争などは中村医師の言葉を借りれば、相互扶助と和の心を失った結果招いた惨劇だ。

 東京ジャーミィ初代イマーム(導師)のアブデュルレシト・イブラヒム(1857~1944年)はタタール人で、ロシア帝政の対イスラム政策に反発して、ロシアのムスリム運動を指導した。彼は、日本を訪問した際に「イスラム文明こそ本当の人道主義といえましょう。相互扶助、互恵の精神、これすべてイスラムの特徴です」と説き、また、「イスラムの教えの中にある多くの賞賛すべき道徳が、日本人には自然に具わっている。清潔さ、羞恥心、忠誠、信頼。特に寛大さと勇気とは日本人においてはあたかも天性のもののようである。」と語った。(アブデュルレシト・イブラヒム(小松香織・小松久雄訳)『ジャポンヤ・イブラヒムの明治日本探訪記』)

初めて訪日した時のイブラヒム・アブデュルレシト(前列中央)=カザン連邦大のディリアラ・ウスマノワ教授提供 https://www.chunichi.co.jp/article/219475

 イブラヒムは犬養毅首相(1855~1932年)とともに「亜細亜義会」を創設し、アジア諸民族の連帯とヨーロッパ列強からの解放を考え、アジアの国境の壁を除くことを考えた。

 犬養首相の孫に難民救済事業や途上国支援に力を尽くした評論家の犬養道子(1921~2017年)がいる。犬養毅は満州国不承認、上海事変早期妥結、議会主義擁護を提唱していた。こうした犬養首相の姿勢は軍部の怒りを買い、五・一五事件(1932年)で暗殺されることになった。

対談する中村哲さん(左)と菅原文太さん=2013年9月12日、福岡市・天神のアクロス福岡 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/573796/

 この事件の記憶から道子は、ひとりよがりのナショナリズムを日本からなくすために勉学に励んだという(「朝日新聞・天声人語」)。彼女の「国境線上で考える」というモットーはそうした考えを端的に表していた。犬養首相は、暗殺される数日前に道子さんに「恕」という文字を書いてその意味を教えた。恕は「他人の心情を察し、思いやる」という意味がある。道子さんはその恕のような生き方を実践した。道子が犬養家に便所のくみ取りに来た朝鮮の人に飴玉をあげると、彼の目から涙がこぼれたという逸話もある。

犬養道子さん https://miyataosamu.jp/michiko-inugai-restore-human-earth/

 トルコの詩人メフメト・アーキフ(1873~1936年)は、日本人について、「日本人とはいかなる民族か、尋ねてみるがいい。驚きのあまり、私は彼らを十分描ききることなどできはしない。ただ、これだけは申し上げよう―そこにあるのは明白なる(イスラムの)教え。寛大なる魂が行きわたり、ただその形が仏陀になっただけのこと。出かけてゆき、イスラムの純粋さを日本人に見るがいい。かの背丈小さき、偉大なる民族に属する人々を今日こそは。」と記している。(杉田英明『日本人の中東発見―逆遠近法のなかの比較文化史』東京大学出版会、1995/96)

 今の日本はどうだろう。国境の壁を高くし近隣諸国と対立し、アメリカの敵であるロシアによって生じたウクライナ避難民は受け入れるが、シリアやパレスチナなどイスラム諸国の難民の受け入れについてはまったく消極的で、パレスチナ難民については首相の言及などまるでない。イブラヒムやアーキフの言葉などは日本の首相など知る由もないだろうが、少なくとも犬養毅や中村哲の理念や考えなどは心得てほしいものだ。


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