見出し画像

日々のこと 1025

学生の頃、清掃の日雇いバイトをしたことがある。
レギュラーでバイトしていた店の常連のおじさんに「ヒマな時だけでいいから」と誘われた。日当がすぐもらえる仕事だった。
そのおじさんは何が本業なのかよく分からない風来坊のような人で、その頃は清掃業の仲介みたいなことをしていたのだと思う。「ヒマな日ならいいですよ~」と、たまに手伝った。
実際に行ったのは通算せいぜい10-15回くらいだと思う。早朝からワゴン車に乗りゴルフ場やら商業施設やらに行き、5人ほどで夕方まで清掃をした。

メンバーはたいてい同じで、男性ばかり。年齢はさまざま、若い人もおじいさんもいた。私以外はみんな清掃のプロで、テキパキと清掃器具を扱い、やり方を教えてくれた。
とはいえ私が任されるのはおまけみたいな軽作業のみで、彼らはポリッシャーとかバキュームとかのスゴイ道具を使い、真面目に仕事をしていた。
それらの中で特に羨ましいのが「かっぱき」だった。毎回それが始まると「わー!」と見とれ、憧れていた。

かっぱきとは、水を掃き取る道具である。今これを書くにあたり調べたら、正式名称は「水切りワイパー」「フロアスクイジー」とかいうらしい。
T字の横棒部分が車のワイパーのような平たいゴムになっており、ゴムを密着させて水分を掻き取るのだ。柄が長いものも、短いものもある。長いのは床面用、短いのは窓ガラス用。
床に水をまいて洗浄し、かっぱきで汚水をボックス型のちりとりに集めていく。窓の場合は、上隅から右→下→左→下とまんべんなく動かして水を掻き取る。手首のスナップを効かせつつ、かっぱきを操る男性陣の手際の良さは見事で、水はみるみる余すことなく一ヵ所に集まっていくのだった。
「かっぱき」というネーミングは言い得て妙で、まさに「かっぱく」としか言いようのない清々しい作業だった。

彼らとは終わって一緒に飲むこともあったのに、今では顔が思い出せない。道で会ってもきっと分からない。でも、あの「かっぱき」だけはよく覚えている。
今も時々思い出す。モヤモヤこびりついて離れない感情、どうしても考えてしまう不要な感情を振り払いたい時に、いつもあのかっぱきが登場する。
カッ、カッ、カッ、と手首を効かせながら、心の中をかっぱいていく。
右に左に美しく動いていくかっぱきを想像する。
端の端まで立ち込めてしまっている薄汚れた感情は、どんどん綺麗にかっぱかれていく。私はそれを全部集めて、最後はごみ箱にジャーッと空ける。
ぴかぴかになるのは一瞬だけ。でも、そんなふうに今でもあのかっぱきは活躍している。






記事を気に入ってくださったら。どうぞよろしくお願いします。次の記事作成に活用します。