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発酵生地の神様・マウロ・モランディンのパネットーネ

マウロ・モランディンという人が発酵生地のマエストロと呼ばれていて、めちゃくちゃおいしいパネットーネを作るんだ。そんなことを聞いた(読んだ?)のはずいぶん前のこと。私の住むトリノから車を飛ばして、彼のお店まで買いに行ったのを思い出す。

それはイタリア最北西部のヴァッレ・ダオスタ州の、サン・ヴァンサンという、カジノがあることでちょっと知られている小さな町。その町の中心にある「パスティッチェリア・モランディン」は、看板もショーウィンドウもキレイで優雅なのに、ドアを押して入ると店内にはパネットーネの箱があちこち高く積み上げられていて、人は誰もいない。今日は休みだったかな? と心配になって、ボンジョルノ~?と恐る恐る声をかけてみたら、奥の工房から人が出て来てくれた。

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mauro店

そして手に入れたパネットーネは本当においしくて、香り高くて、すっかりファンになってしまった。毎年クリスマスには、自宅で食べる分を何個も買いまくった。イタリアでは、クリスマス当日だけでなくて、11月ごろからパネットーネやパンドーロを、朝食に、おやつに、食べまくるという習性があるのだ。おまけにトリノの友人たちに声かけをして共同購入したり、日本に帰るときにスーツケースいっぱい詰め込んで、友人知人にお土産として配ったこともある。

そして、いつか行きたいとずっと思っていた、マウロさんのパネットーネ講習会にやっと行くことができたのが、今年の2月のことだった。その直後、イタリア全体がコロナウイルスの感染拡大でロックダウンになるなんて夢にも思わず、いや、コロナウイルスのことだってほとんど意識になかった頃の話。発酵に時間がかかるから1日では見終われないよと言われ、1泊2日の予定でウキウキと出かけて行ったのだった。

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到着すると、もう作業は始まっていた。サヤカ~、遅いよ、とお茶目なマエストロ・マウロ(マエストロは、師匠、先生、という意味)。彼の側ではシチリアから研修にきているというレオナルダがテキパキと助手を務め、スペインからやって来たというお菓子屋さんを営む夫婦は、スペインでもおいしいパネットーネを広めたいと懸命にノートを取っている。マウロさんはこんなふうにいつも、学びたい人を受け入れて講習したりしているのだ。

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↑マウロさん

パネットーネ作り第1日目は、母種を活性化させる作業を3時間おきに三回。それが夕方終了したら、粉、卵、砂糖にバターという材料を加えて第一回目の生地をこねる。朝まで12時間ぐらい発酵させると、生地は3倍ぐらいに大きく膨らんでいる。そこへさらに砂糖やバター、粉、そしてオレンジピールなどを加えたのが第二回目の生地。分割し、成形して、再度発酵させて、やっとオーブンに入れるともう夕方の6時過ぎ。

トリノへ戻るための最終電車は8時台だから、焼き上がりを待っていたら間に合わないということで、結局もう一泊することに。合計2泊3日パネットーネ修行のプチ旅行となったというわけ。

発酵の間におしゃべりしながら聞いた、マウロさんのパネットーネの美味しさの秘密は3つ。

その1 なんと言っても100年ものの発酵種。

焼きあがったパネットーネを半分に切って、生地を裂いて見せてくれたマウロさん。「いいパネットーネは、こういうふうに縦に長く、生地が裂けるんだよ」。

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↑こんなふうにしゅる〜っと縦に裂けるのが、高く発酵しておいしく焼けたパンドーロの証拠。

彼が使う天然酵母の母種は、彼のお父さんが1966年に店を創業した時に、ピエモンテからパネットーネ作りを教えにきていたマエストロから受け継いだものだという。その時すでに50年ものの種だったから、今では軽く100年を超えた大事な大事な種というわけだ。自然に存在する菌が発酵種を作り、パネットーネをおいしく膨らませてくれる。

自然の力は人間がコントロールできるものじゃない、人間はただちょっと手を貸して形にするだけなんだよ、と熱く語るマエストロ。そんな母種を「マンマ」(お母さん)と呼んで大事に大事に継ぎ足し、ずっと使っている。

「自然界にある菌だから、消化もとてもいいんだよ」とマエストロ。たしかに、マウロさんのパネットーネはおいしくて、私は1キロのパネットーネを娘と二人3日で食べ切ってしまったけど、全く胃にもたれたりしない。

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↑冷蔵庫で保存されていたマンマ(母種)をぬるま湯にしばらくつけて目を覚ましてもらう作業。「バニェット(お風呂)」に入れてあげよう、とマウロさんは言う。

ちなみにその母種をくれたピエモンテのマエストロは、イタリアを統一したサボイア王家出入りのお菓子職人だったらしい。だから今の形のパネットーネを発明したのはミラノでも美味しくしたのは実はピエモンテかもしれないよ、と小さな声で教えてくれたマウロさん。

そんな面白いパネットーネの歴史の話は、また別の回に。

その2 オーブンの秘密

「最新テクノロジーのプロ用オーブンは今、風が出るタイプが主流。でもそれだとパネットーネはカサカサに焼きあがっておいしくない。だからしっとりさせるために生クリームを加えたり、卵を多くしたり、焼き時間を短くするなど工夫する菓子職人は多いけど、そのせいで、食べた時にはおいしいのに食後感がヘビーだったりちゃんと焼けていなくて消化が悪い。僕はオーブンの会社と共同で研究して、昔ながらの薪のオーブンみたいに、高温からゆっくり温度が下がっていって、しっとり焼きあがる特製のオーブンを作ってもらったんだよ」

たしかに、マウロさんのパネットーネはとても軽いのに、しっとりしているのは、火入れに秘密があったのだ!

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↑焼きあがったパネットーネたちは、しぼまないように一晩逆さまにして冷ます。

その3 自家製カンディート 

カンディートCanditoとは、日本語で言うと「シロップ煮」みたいなもの。オレンジピールやレモンピールなどの、「ピール」と言ってもいいかもしれない。でもマウロさんの工房で自家製されるカンディートたちは、もっとしっとりしていて、口に入れるとじゅわ〜っとシロップがしみ出てくるような、腰が抜けちゃうようなおいしさ。

マウロさんの店ではオレンジはもちろん、レモン、いちご、もも、栗などなど、様々なフルーツのカンディートを作っていて、それをヨーグルトなんかに入れて食べるのも夢のようにおいしい。そんなにおいしいオレンジのカンディートが、パネットーネには生地の30%ぐらい入ってる。おいしくないわけがない。

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↑これがマウロさんのオレンジカンディート。

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↑カンディートやジャムも自慢の商品

今、コロナで部分的にロックダウン中のイタリア。私の住むピエモンテ州も、マウロさんのヴァッレ・ダオスタ州も、ロックダウンのゾーンに該当してしまっている。だから生きていくのに必要最低限の商店しか営業できない。命を繋ぐパン屋さんは営業できても、贅沢品を売るお菓子屋さんは営業できないのだ。その贅沢品(?)のおかげで、辛さや悲しいさや恐怖をちょっとでも跳ね飛ばせるかもしれなくても、だ。

友人がトリノのお菓子屋さんにパンドーロ(パネットーネと並ぶいイタリアのクリスマスケーキ)を買いに行ったら、「3月のロックダウンで、コロンバ(復活祭に食べるケーキ)を大量に廃棄する羽目になったから怖くて作れない」と言っていたという。幸いにもマウロさんは、店は営業できないけど、”工場”というカテゴリーとして製造して発送することができる。

100年以上使い続けてきた大切な種を絶やさないために、毎日毎日、焼き続ける。

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パスティッチェリア・モランディン
Pasticceri Morandin

住所:Via Emilio Chanoux,105 11027 Saint-Vincent AO          電話:+39-0166-512690

http://www.mauromorandin.it/index-gb.php

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