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「キタノブルー」の意味と対を成す色は:「鏡」の中の北野武監督映画入門②――『その男、凶暴につき』をテキストに


 (この「『鏡』の中の北野武監督映画入門」シリーズでは、『その男、凶暴につき』を含め、多くの映画作品のネタバレを含みます。文章内容の性質上ご了承ください)

 まず「キタノブルー」と呼ばれる、初期作品の青を基調とした落ち着いた色彩から始めようと思う。この言葉は北野映画の評論のうえでかなりポピュラーな用語として、ファンのみならず、多くの人に耳なじみのある言葉になってきたように思うし、たけし本人も競走馬や、プロデュースしているファッションブランドにも「キタノブルー」と命名しているところをみると気に入っているのだろう。

 「キタノブルー」の代表作といえば4作目の『ソナチネ』が代表的だが、『その男、凶暴につき』の舞台も海辺の都市が舞台であり、『ソナチネ』ほどではないにせよ、海の水面や夜の風景が青を映し、寒色らしい涼しげで冷ややかな印象を与えている。

 しかし気をつけねばならないのは、あくまで「一部の映画の作風」ということである。たけしは映画以外に画家として個展を開催し、『アキレスと亀』の作中の絵画などに絵筆を執っているが、全体を通して「青を使っている」という印象は無く、『Dolls』や『アキレスと亀』など、あきらかに「青で撮ってない」映画もある。つまり「キタノブルー」という定義は確かに存在し、「本人の公認」もあるが、たけしの創作すべてとイコールではないことをはっきりとしておきたい。


 「キタノブルー」である『その男…』、『ソナチネ』は殴る蹴る撃つといった実際に肉体の接触があるバイオレンス映画であり、「非キタノブルー」映画として名前を挙げた『Dolls』や『アキレスと亀』はそうした肉体的な暴力映画ではない(とはいえ、両作とも登場人物が次々と悲劇的な人生をたどるという意味では、殴る蹴る撃つ以外の方法で登場人物を「痛めつけている」と言える映画だが)。つまりは肉体的な暴力を際立たせる色として「ブルー」を使っているのではないかとひとつの推察ができる。
 ここで「ブルー」を「鏡」で反転させてみる。すると「赤」という対をなす色が浮かぶ。暴力と切っても切れない関係にある「血」と同じ色である。たけしの暴力描写は近年の『アウトレイジ』シリーズを含め、血を積極的に映してきた。映画である以上、殺人や暴力が映画の物語にあったとしても、カット割りや演出で「見せない」こと、アルフレッド・ヒッチコックなどのサスペンス映画に多い手法も可能であるが、たけしは積極的に血を画面に映してきた。にも関わらず、メインカラーに「ブルー」を選んでいるのは、たけしの過去の発言に少しヒントを拾うことができる。

たけし 基本的には突発的にあらわれるものが暴力であって、覚悟した暴力、戦争は暴力じゃないからね。いきなり突発的にバンと撃たれることぐらい、すごい暴力はないと思う。これこれこういう理由でおまえを殺すんだという理屈を言われたところで殺されたって、確かに死は死だけれども、いきなり撃たれるよりは、よほど軽い暴力だという感じがする。(ビートたけし『頂上対談』・柳美里との対談より)


 たけしは<突発的>という言葉を繰り返しているが、確かに「殴るぞ」と言われて殴られるより、<突発的>なほうが構えることができない分、ダメージは大きい。北野映画の暴力は非常にスピーディーと形容されるが、青みがかったビジュアルで観客の興奮を抑え、そろそろ暴力シーンかなと、観客に「準備」をさせない効用も「キタノブルー」にはあるのと考えられる。暴力(=血・赤)のシーンを際立たせるために、対をなす色で感情や雰囲気を抑えているのではないか。


 「血の色」という肉体的な話をしたところで、肉体を「鏡」で反転させた精神的な部分はどうか。青という色には「ブルーマンデー症候群」というような「憂鬱」の意味も持っている。流血に至るほどの暴力は物理的には当然、「赤」に映るが、そこまで肉体を痛めつける暴力のシーンなら、必ず精神的なダメージも付随することだろう。
 自分の生活圏からさほど遠くない場所での暴力沙汰が報道される。犯人はまだ捕まっていないようだ。それを見て自分や家族の身に危害が及ばないか、血の気が少し引くような不安に駆られる。こんな経験は誰でもあるはずだ。そうした憂鬱は脳裏に浮かぶものであり、肉体的ではない、実を伴わない雰囲気のようなものだ。だが間違いなく心にダメージを与えている。
 北野映画が評価される一番の理由、凡百の暴力と一線を画すポイントはここにあるだろう。「青」という憂鬱の色で、出血や興奮で赤みがかった暴力を包み込む。暴力にまつわる肉体と精神の複雑な絡まりを描いているのである。

●映画とは関係ない余談●
 たけしがかつて「俺もしかしたら、コレがやりたかったんじゃないかな」と嫉妬したミュージシャンが甲本ヒロトだという。「あの人はねえ、悲しいの」というのがたけしの甲本ヒロト評だが、彼のデビューしたバンドはご存じの通り「THE BLUE HEARTS」である。

 たけしが少年時代から心のヒーローとしている長嶋茂雄だが、長嶋にも「ブルー」にまつわる逸話がある。長嶋が93年に2度目の巨人監督に就任すると、野球帽職人にある依頼をした。伝統の黒から「ミッドナイトブルー」という色にしてほしい、というものだった。アメリカのスーツに使用される「光の下に当たると紺にも見える黒」という、帽子職人さえ初めて聞く色だった。伝統にわずかな彩りを加え、松井秀喜らとともに再び黄金期をもたらしたのは、こちらもご存じの通り。

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