【連載小説】ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい[#180]閑話13 『樫の木亭』の新メニュー/ミリア
ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~
閑話13 『樫の木亭』の新メニュー/ミリア
火にかけた大鍋を覗き込む。とろみのついた褐色のシチューの奥から、くつくつと美味しい香りを包んだ泡が湧き出しては弾けた。
「そろそろいいかしら」
魔獣のスジ肉をじっくり煮込んだシチューは、冒険者に人気の定食屋『樫の木亭』の今日の定食用だ。
体が資本の冒険者たちは濃い味付けの料理を好む。きっとこのシチューも喜んでくれるだろう
一人分用のトレーに、シチューとパンを並べて…… あとはサラダも添えないとね。
そう考えていたところで、ふと大鍋を混ぜる匙が止まった。
確かに彼らはシチューを喜んでくれるだろう。きっとおかわりもしてくれる。
でも野菜にはあまり食指が動かないのか、サラダはそこまで喜ばない。残す者までいる始末だ。
このシチューにも野菜はしっかりと入っている。ルウを作る時には、たっぷりの玉ねぎを炒めたし、ニンジンもごろっと入れてある。盛り付ける時に茹でた青菜も添える予定だ。
でもそれだけじゃあ、きっと足りない。
冒険者は町に定住している者ばかりではない。旅をしながら活動をしている流れの冒険者もいる。
また、受けたクエストの目的地が遠方であれば、途中に野営を挟みながら出かける事も少なくはない。
外ではお腹を満たせればいいような食事しかできないんだから、せめて町に居る時にはバランスのとれた食事をとってほしい。
いくらそう伝えても、常連の冒険者たちは勿論、シアンさんやデニスさんまでもが肉ガッツリのメニューばかりを喜ぶものだから、ため息がでてしまう。
まあそう思ってはいても、いざ「おかわり」と皿を出されると、嬉しくなってしまう私もいけないんだけれど。
* * *
案の定、昨日の『樫の木亭』ではシチューにおかわりが集中した。
美味しい美味しいとたくさん食べてくれるのは嬉しいけれど、健康の為にはそれだけじゃあいけない。
店の厨房の奥をお借りして、メニューを試作することにした。
「シチューに入っている野菜は食べているんだから、サラダみたいに野菜だけなのがダメなのかしら? それともシチューみたいに味が付いていればいいのか、それとも肉と一緒に……」
うーーんと、考え込む。
蒸したヤマキジ肉をちぎった物を、サラダに混ぜてみる? いやきっとそれだけじゃあダメだろう。
いつもはサラダにしている野菜たちを、蒸した薄切りのオーク肉で巻いて、短い串で止めてみた。さらに甘辛いソースと、マヨネーズを添えてみる。
うん、これなら表側が肉だから食べやすいわよね。
でも…… 一つ一つ作るのに手間がかかりすぎる。定食屋で提供するのに、これは向かない。
それならばと、すこし蒸して刻んだ野菜と、別に蒸してちぎっておいたヤマキジ肉と混ぜてみた。それにマヨネーズベースのソースを合わせてしっかり和える。
うんうん。これなら生の野菜が苦手でも食べられるし、普通のサラダよりも量が食べられるわよね。
ひとまずサラダの代わりはこれでいいわね。あともうちょっと、メインの料理にも工夫をしたい。
ひき肉に刻んだ野菜をたっぷりと混ぜ込む。手頃なサイズに丸めてパン粉を付けた。これを油で揚げてフライにすれば、中の野菜が肉汁を吸って美味しく食べられるだろう。
あと揚げるだけにしたものを前にして、ハッとホールからの笑い声に気が付いた。いつの間に開店の時間を迎えていたらしい。
作りかけの料理をそのままにして、慌ててエプロンを付け替えてホールに出た。
「ごめんなさい。配膳を手伝います!」
いつもはカウンターにいるはずの奥さんがホールに出ているのは、私が料理の試作に夢中になっていたからだ。幸いにもまだお客様が少ない時間だったので、一人でまかなえていたのだろう。
店主夫婦は店を開けても、あえて私に声をかけずにいてくれた。でも、それがとても申し訳ない。
何かを作るのは好きなもんだから、ついつい夢中になってしまった。
注文の料理をお客様に配膳してから、カウンターに戻っていた奥さんに声をかけた。
「すいません、つい夢中になってしまって……」
「いいのよミリアちゃん、それよりいいメニューは出来た?」
いくつか試作したメニューの話をすると、うんうんと奥さんは優しく頷いてくれる。
「ああほら、二人が帰って来たわよ。いらっしゃい!」
奥さんがそう言って入口の方に視線を向けて声を張り上げる。ちょうどシアンさんとデニスさんが入店したところだった。
「お帰りなさい」
そう声をかけて、カウンターの裏に回る。
彼らの1杯目はいつも薄めのエールだ。ジョッキに注いだエールを二つ、両の手に持って二人の席に向かった。
「えっと、今日は何を……」
そう尋ねようとした私の横から、料理の載った大皿が差し入れられた。
「えっ!?」
テーブルに載せられた大皿の上にはさっき私が作った料理が並んでいる。
衣をつけた状態で置いてきたはずのフライはすでに揚げられていて、ほかほかといい匂いのする湯気があがっていた。
横を見ると、大皿を持ってきてくれたのは奥さんだった。きっと厨房に立つご主人が揚げてくれたのだろう。
「今日ミリアちゃんが作った試作品よ。食べてみて」
奥さんはそう彼らに言うと、ねえと言うように私に目配せをした。
「うわ、すげえな! 美味そうだ」
そう嬉しそうに言って、二人がフライにフォークを向ける。
揚げたばかりの衣にフォークが刺さると、サクッといい音がした。そのまま真っすぐにフライを大きく開けた口に運ぶ。
「はふっ!」
二人で揃えたように、口元を抑えた。フライが熱かったらしい。揚げたてなんだから、当たり前よね。
しばらくはふはふと口で冷ましてから、今度はゆっくりと咀嚼する。味わうように飲み込むと、笑顔をこちらに向けた。
「うん、うまいな」
「ああ、うめえ!」
「ホント? よかった!」
「肉ばかりよりも、柔らかいし食べやすくていいな。旨味もつまっているし。これは人気が出そうだ」
「ミリアは可愛い上に料理も上手いんだよなぁ」
思った以上の褒め言葉に心がむずむずとしてくる。
その時、厨房の奥からご主人の声がした。
「ミリアー、これ運んでくれー」
「はーい。 じゃあ、ごゆっくり!」
二人にそう言うと、厨房に逃げ込んだ。
美味しいって二人とも喜んでくれた。私の事を褒めてくれた。
皆から見えないところで、ついニヤついてしまう頬に両手を当てた。
* * *
「だから、野菜もちゃんと食べなきゃダメよ」
そう言って、串焼き肉が山と盛られた皿をシアンさんとデニスさんのテーブルに置く。
今日の二人の注文は串焼き肉だ。
でもただの串焼き肉だと、野菜を食べようとしないもんだから、この串焼きの肉の間にはリーキ(長ネギ)を挟んである。
「まったく、二人とも手がかかるんだから」
そう小さく零しながらも、自然に頬が緩んだ。
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