虹色銀河伝説 地の章②
我が家に突然鳴り響いた電話、それは恐れていたヒリコちゃんからの電話だった。
15 有害な電波
今日アテル君を助けたことがバレたんだろうか? 不安と緊張に心臓が押し潰されそうだ。
「テレビ見た? タイタンマン負けたよ」
ヒリコちゃんがタイタンマンの話題を出すなんて意外だった。すると今度は、「なんで負けたか知ってる?」と、タイタンマンが負けた原因を訊いてきた。唐突な質問に頭が混乱していると、ヒリコちゃんはとんでもないことを話し始めた。
「鉄河の家の庭に、大きな電波塔があるでしょ、あの電波塔が出してる電波のせいなんだって。あの大きなアンテナから有害な電波が出ていて、そのせいでタイタンマンが死んじゃったんだって。全部アイツのせいだよ」
僕はまったく話についていけなかった。混乱したままヒリコちゃんの話は進んでいく。
「そこでアイツ倒す計画立てるから明日集合ね。朝の11時、カオリの家の前ね」
そう言ってヒリコちゃんは電話を切った。
16 みんなの敵
翌日、ヒリコちゃんに言われた通り11時にカオリちゃんの家の前の公園に集まった。
そこにはヒリコちゃんを中心に、ダイチ君のグループや2組のマサキ君たちもやってきて、全部で20人ほど集まった。
どちらかと言えば、僕が苦手な人達だ。
「昨日タイタンマンが死んだの、見た?」
運動が得意なダイチ君が、集まったみんなに問いかけると、みんな口々に「見た」と言った。
「誰のせいか知ってる?」
今度はヒリコちゃんが訊いた。するとみんな「テツカワの家」と答えた。
「あのアンテナが何か、知ってる?」
「有害電波を出すアンテナ」
「タイタンマンを倒す電波」
「あの電波で怪獣を操ってるかもしれないぞ」
「全部アイツのせいだ!」
いよいよ空気は怪しく殺伐としてきた。僕はすぐにでもここから離れたくなった。
「あのアンテナを壊さないとみんなが危ない」
「テツカワを追い出さないと、ここにも怪獣が来るぞ!」
「みんな、敵をやっつける計画を考えよう!」
「うちらで防衛隊を結成するんだ!」
「よし、月曜日アテルが来たら、全部のクラスから集まってみんなでやっつけようぜ」
「シンイチも『防衛隊』入るでしょ?」
ヒリコちゃんの圧力に押され、僕は思わず頷いてしまった。昨日の誓った勇気の宣言虚しく、『防衛隊』という名ばかりのイジメグループに入れられてしまった。
自分が嫌になる。自身を失う。
月曜日。アテル君は学校を欠席した。
火曜日も水曜日も来なかった。
早く作戦を実行したいヒリコちゃん達『防衛隊』は、まだかまだかとアテル君を待ち構えていたけど、2週間経ってもアテル君は来なかった。
17 ヒーロー亡き世界
世界はすっかり変わってしまった。
これまでタイタンマンが守ってくれていた東京は守り手を失い壊滅してしまった。タイタンマンを倒した恐竜怪獣ダイナスは横浜を火の海にして静岡、名古屋方面に向かっている。
今後も主要都市は破壊されていくに違いない。
でも、やっぱり岩手は岩手のまま。特に変化は感じられない。怪獣もタイタンマンも全部テレビの向こう側のことのようだ。
「おらほのとこ(岩手)には関係ねえことだべ」
※岩手県には関係ない
道端で立ち話をしている農家の人たちの会話から、そんな言葉が聞こえてきた。
驚くことじゃない。この辺ではそんな言葉、会話に溢れている。近所の人達は本気で、怪獣のことは岩手には関係ないと思っているようだ。
金曜日の夜。家に帰ると、お父さんが食卓で頭を抱えていた。食卓には新聞紙が広げられ、新聞には《横浜壊滅》と大きく見出しが出ている。
「横浜もやられた。米軍が横須賀基地から撤退したことは報道されていない。アメリカは日本を見捨てる気だぞ。ちくしょう、自衛隊は何をやってるんだ!?」
お父さんの愚痴を聞いてお母さんも深くため息をついた。
「また疎開が増えるわね。怪獣まで連れて来ないといいけど」
僕はとても嫌な気持ちになったが食卓をこれ以上悪い雰囲気にしたくなくて黙っていた。
「今さら岩手に逃げて来たって状況は変わらない。死ぬまでの時間が長くなるだけさ」
「ちょっと!真一の前で《死ぬ》なんて言葉を使うのはやめてよ!」
「他になんて言うんだ? 黙ってたっていずれ分かるさ。クソっ、金持ちはみんな国外に避難しているんだ。今日本に残っているのは我が家みたいな貧乏人だけだ。ちっくしょう……怪獣め、逃げることのできない貧乏人を殺し尽くすつもりか」
「ちょっと考え過ぎじゃない? 怪獣って言ったって、さすがに岩手にまでは来ないと思うけど」
「本気で言ってるのか?岩手には怪獣が来ないなんて、本気でそう思っているのか!?」
「ええ。みんなもそう言ってるわ」
「みんな? みんなって誰のことだ?」
「みんなよ。近所の。千葉さんも、阿部さんも、みんな言ってるわ。だってそうでしょ? 今まで岩手県に怪獣が来たなんて話、聞いた事ないし、わざわざこんなところに来たって壊すものがないじゃない?」
「だからダメなんだ!これだから!近所の人達は何も分かっちゃいない!視野が狭くて、目の前の事しか考えられない。経験のないことを想像する力がないんだ!ちくしょう!」
「ねえ、なにをそんなにイライラしてるの?」
「金が無いからだよ。逃げられないぞ。どうやったらお前達を守れるのか、それで頭がいっぱいなんだ!」
「そんな風に悩まないで。怪獣だってまだ来ると分かったわけじゃないんだし……」
「いいや、このまま怪獣を野放しにしていれば、いずれ岩手にも来る!必ず来る!少し考えれば分かる事だろ!」
お父さんとお母さんの口論は終わらなかった。
夕食が終わっても、お風呂に入っても、歯磨きをしている時も、まだ続いていた。
なんだか怖くなって、眠れなくなった。
夜1時。まだ眠れない。眠ろうと努力して目を瞑っても、悪い想像ばかりが思い浮かぶ。嫌なことを思い出す。あれこれ考えてしまう。頭の中がグルグル回る。いつ襲ってくるか分からない怪獣のこと、タイタンマンが死んだこと、学校に来なくなったアテル君のこと、ヒリコちゃんのこと、家が貧乏なこと。そして今、僕がこうしてる間にも、怪獣に襲われている人達がいること……。
夜明け。とうとう朝まで眠れなかった。
なのに朝7時を回る頃、朝の光と小鳥のさえずりに安心したのか、急に眠気が襲ってきた。電池が切れたみたいに、僕の瞼は落ちていった。
18 僕の知らない君
アテル君が学校に来なくなってひと月が経った。ヒリコちゃん達の『防衛隊』も、アテル君の家の周りを偵察するくらいしか活動しないまま、段々と話題にもならなくなっていった。
また疎開してきた転校生も増え、『防衛隊』の矛先も移り変わっていった。
特に《松野シュラ》君は怪獣の絵を描くのが好きということもあって真っ先に標的にされた。
6月2日。その日の放課後、僕は先生からアテル君の家に宿題を届けるよう頼まれた。そして「様子を見てきてほしい」とも。
先生が僕に頼んだ理由は、僕の家がアテル君の家からもっとも近いからだ。
アテル君の家に入る前、車庫の隣の庭に聳え立つ巨大なアンテナを、思わず見上げた。とても大きな鉄塔の、先端にアンテナがついている。
まるで宇宙とでも交信しているような、そんな大きさだ。
ベルを鳴らしてみるも、返事がない。
もう一度ベルを押してみる。それでも出ない。
留守かもしれないので帰ろうとした時、ゆっくりと扉が開いた。
「はい」
静かな声で顔を出したのは、アテル君のお母さんだった。
「何か、ご用ですか?」
僕は少し場違いなくらい大きな声で「アテル君いますか?」と尋ねた。
アテル君のお母さんはとても困った顔をした。
「はい。アテルはいますけど……でも、私が呼びかけても部屋から出て来ないんです」
「何かあったんですか?」
「前に傷だらけで学校から帰ってきてから、ずっと塞ぎ込んだままで……」
アテル君のお母さんも心配して泣いていたに違いない。頬に、うっすらと涙の跡が見える。
「あの……こんなこと聞くのも悪いけど、アテルは、学校でイジメられているんでしょうか?」
僕は何も言えずに、暗い顔のアテル君のお母さんの目から目を逸らしてしまった。どんな言葉も喉の奥に詰まって出てこない。
「……そうなんですね。アテルはなにか、学校で失礼なことをしたんでしょうか?」
胸が苦しくて耐えられない。アテル君を無視したことを心の底から悪いと思った。今になって自分のしたことの酷さに気づくなんて、なんて馬鹿なんだ。アテル君が悪いなんて絶対に違う!
「アテル君は何も悪いことしていません!」
その時、知らない男の子が、廊下の奥にから顔を出した。見た目は保育園か幼稚園の年長組か小学一年生くらいの子だ。
「お母さん、どうしたの?」
「ユウキ!?」
見られてはまずいものを、見られたように、アテル君のお母さんは慌て気味に男の子に部屋に、戻るよう合図を送った。
「お兄ちゃん、呼んでくる?」
「大丈夫だから部屋に戻っていてちょうだい」
「はーい」
返事をすると男の子は奥に戻っていった。
あの男の子はアテル君の弟なのだろうか?
どうして外で見たことがないんだろう?
気になりつつも、アテル君のお母さんの気まずそうな様子から何も訊いてはいけない気がした。
僕は先生から預かったプリントをアテル君のお母さんに手渡して、すぐにアテル君の家を出た。
「待ってよ、シンイチ君」
アテル君の声だ。振り向くと、二階の窓から顔を出して、こちらに手を振っている。
「アテル君!」
僕は驚いた顔のまま手を振り返す。
「今そっち行くよ」
アテル君はそう言うとすぐに窓から離れていった。意外と元気な様子で外に出てくる。
19 パラダイムシフト
僕たちはお互いの安否を確認し合いながら、笠良木川まで歩いた。僕たちはしばらく何も言わずに川の流れをぼんやりと眺めた。細く水量の少ない穏やかな川だ。
「あの男の子は、アテル君の弟? ユウキ君だっけ?」
「ユウキ君はあの家の子どもだよ。
僕はあの家の子どもじゃないんだ。
本当の僕は《鉄河アテル》じゃない」
不思議な感覚だった。信じられない話のはずなのに、なんとなく、すんなりと理解してしまう。静かな川という特別な環境のせいかもしれない。
僕はゆっくりと相槌を打つ。
「シンイチ君は本当の友達だと分かったから、本当のことを教えるよ。
僕はこの地球の人間じゃない。
僕の本当の名前はアテル・シル・バーウェイ。
そして、僕の本当のお父さんは……」
アテル君のお父さんがタイタンマンだった。
「今の家、鉄河さんの家族は、僕たちが地球に来てからずっと面倒を見てくれている恩人なんだ。
ユウキ君は僕の3つ年下で、かわいそうに重い病気を患っている。そして、その病気のせいで外に出ることができないんだ。外気に触れたら危ない染色体異常の病気。だけど、僕が生まれた世界ならそれを治すことができる。だから、いつか僕たちの世界に連れて行く、必ず。約束したんだ」
どんな驚きも、憧れも、後悔も、小川のせせらぎの中に呑み込まれていく。僕はただただ話を聞いていることしかできなかった。
「お父さんはいつか負けると分かっていたよ。だから僕たちをここに避難させた」
かつて、アテル君の目は、この白昼に流れる小川のように澄んだ綺麗な目をしていた。だけど今、重く暗い影に覆われてしまっている。
「毎回、回復が追いつかないほど酷い怪我を負って帰ってきて、家ではずっと寝込んでいたよ。そしてまた怪獣が現れたら、足を引きずり、痛みを堪えて出掛けていく。あと何回変身できるか分からない、いつもそんな状態で戦っていたんだ。
そしてあの日……お父さんは死んだ。
僕が最後にお父さんの声を聞いたのは、留守電に残されていたメッセージだった。
《元気にしてるか? 学校は楽しいか?》って。
僕は答えられなかった。本当は毎日学校で辛い思いをしているなんて。親切にしてくれている鉄河さんの家にまで、嫌がらせが来るなんて……。
もう一つ、お父さんが僕を東京から疎開させた理由がある。それは、僕を怪獣から隠しておくため。僕は怪獣退治の切り札なんだ。
死期が近いことを知っていたお父さんは、もしも自分が負けた時の切り札を僕に託していた」
アテル君はポケットから《赤い水晶》を取り出して僕に見せた。キラキラしていて、とても綺麗だった。まるでタイタンマンの勇気の心みたい。
「この石は《タイタンハート》。これさえあればもし、お父さんがいなくなっても僕がタイタンマンになることができる。僕がお父さんの代わりに怪獣をやっつけることができる。
だから本当は……僕がタイタンマンになって、怪獣と戦うべきなんだ……今、僕が……」
アテル君は赤い水晶《タイタンハート》を元のポケットにしまった。
「怪獣と戦うの? アテル君」
「……それをずっと考えていたんだ。お父さんが死んだ日のこと。僕はお父さんのようにみんなを守るために戦えるのだろうか?
クラスみんなの顔を1人1人思い浮かべながら、《あの人達を守るために、命をかけられるだろうか?》って、悩んで悩んで悩んで、結局今も僕は戦えずにいる。
はっきり言うとね、僕はもう、日本のみんなを守りたいとは思えない。
家で悩んでいた時だって、毎日誰かが僕の家の周りを偵察に来て、壁に石をぶつけていく。その姿を見るたび、憎しみさえ感じたよ。
今朝シンイチ君が家に来た時だって、僕は最初に疑ってしまった。何か裏があるのかと思った。
君の声を聞くまではね」
「だから、なかなか出てくれなかったんだ」
僕はしばらくアテル君を見つめた。
「アテル君、今は君がタイタンマンなんだね。思い詰めないで。怪獣と戦うかどうかはアテル君が決めることだから。僕に何か言う権利はないよ」
アテル君はズボンの上からポケットの中の石を握りしめ、何も言わずうつむいた。
翌日、ついに怪獣が岩手にも現れた。
③に続く
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