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一極・多極世界システム

 今日はサミュエル ・ハンティントン先生のお誕生日ということで、なんと20年以上前に出版された「文明の衝突と21世紀の日本」の一部を紹介します。優れた見通しを持っておられました。

1998年12月の講演から。

 冷戦時の世界政治構造はまず、主にイデオロギーに基づいて分けられていた。自由民主主義の国家、共産主義国家、独裁主義による第三世界の国々である。

 しかし現在出現しつつある世界では、国々の主な違いは、文化の違いであり、国々を文化的に最も大きく類別するものが文明である。

 第二に、冷戦時代の世界政治の構造はパワーによって二極化していた。しかし現在、グローバルな超大国は一つしかなく、他にいくつかの主要な地域大国が存在する。つまり事実上、一極・多極世界になっている。

 現在、世界中のあらゆる国々が自らのアイデンティティをめぐる大きな危機に直面している。我々は一体誰かという問いを発している。

 これに対して伝統的なやり方、すなわち、祖先、宗教、言語、歴史、価値観、習慣、制度によって自分を定義している。その上で、文化的なグループと一体化する。すなわち、部族、民族、宗教に基づく共同社会、国家、そして最も広いレベルでの文明である。

 国家は文化的に似ている他国からもたらされる脅威よりも、文化的に異なる国のよる脅威の方をより強く意識しがちだ。共通の文化を持つ国家は、互いにより理解しあい信頼しあう傾向がある。世界政治は文化と文明のラインに沿って再構成されつつある。

 西暦1500年ごろから西欧諸国は領土を拡大し、他国を征服、あるいは植民地化して、他のすべての文明に決定的な影響を及ぼすようになり、1920年には、世界中の領土と国民のおよそ半分を直接支配していた。

 しかし1960年代には植民地の独立が進んだ。しかも世界はアメリカが主導する自由世界と、ソ連を中心とする共産圏、そして発展途上の第三世界に分かれた。冷たい戦争の多くが実際に繰り広げられたのはこの第三世界においてであった。

 冷戦後の世界はより複雑で、7から8つの世界の主要文明に分かれていた。2020年には、世界でも大きい経済力を持つ5つの国は、5つの異なる文明に属することになると考えるのが妥当だ。この新しい世界では、地域の政治は民族性による政治であり、世界政治は文明に基づく政治である。

 今後の世界政治の中でもっとも重要な軸となるのは、西欧とそれ以外の世界との関係だ。西欧はその価値観と文化を他の社会に押し付けようとするからである。

 この新しい世界において、紛争の主な源となり政治的な不安定をもたらすのは、中国の台頭とイスラムの復興だろう。西欧とこの新しい勢力を持った二つの文明との関係は特に難しく、対立的なものとなりそうだ。

 潜在的に最も危険な紛争は、アメリカと中国との間で起こるものだ。しかし根本的な問題はパワーをめぐるものだ。今後の数十年の発展を形作る主要な役割を演じるのはどちらの国かということだ。

 すなわち、中国は、19世紀半ばに手放した東アジアにおける覇権的な地位を取り戻すことを期待している。

 一方、アメリカは常に西欧や東アジアを一つの大国が支配することに反対してきた。20世紀に二つの対戦と一つの冷戦に勝利して、そうした事態が起こることを防いだ。したがって、中国とアメリカの関係を特徴づけるものが対立となるか和解となるかが将来の世界平和を左右する中心的な問題となる。

 それに対して、イスラム世界による挑戦は全く性質の異なるものだ。それは経済発展ではなく人口爆発に根差している。2025年には世界の人口のほぼ30%を占めるかもしれない。それと同時にイランを除いて、すべてのイスラム国家がよりイスラム的な色彩を強める。

 世界で多くの地域的な民族紛争が続いている。イスラムの国境のすべてに沿ってイスラム教徒は非イスラム教徒との戦いを続けている。

 その理由は、オスマン帝国の没落以来、イスラムにはリーダーシップを行使して秩序を維持し、規律を正すような中核国家が存在しないことと、イスラム国家の出生率の高さにある。

 若年人口が人口の20%以上を占めると社会は不安定になり、暴力や紛争がエスカレートする傾向にある。これがイスラムの好戦性を生み出し、イスラム教徒の移民の増加とイスラム社会の急激な成長による隣国への圧力の元となっている。やがてイスラム教徒の年齢が高くなれば、それにつれて紛争は沈静化していき、穏やかな共存への道が開かれるだろう。

 世界中の国々は、文化的なラインに沿って政治的にグループ分けされつつある。イデオロギーで統合されていても、文化的に分裂している国々は分離していく。ソ連や旧ユーゴがその例である。

 逆に、イデオロギーで分裂していても文化が共通する国々は統合される。東西ドイツがそうであり、二つの朝鮮といくつかの中国がそのスタート地点に立っている。

 東アジアではある種の経済統合が進行中だが、それは中国に根を下ろした経済統合である。ここで日本は文明として全く孤立した存在だ。そして中国のビジネス社会は、日本と韓国を除いた東アジアすべての国家の経済を支配している。

 現在の国際政治は一つの超大国といくつかの大国からなる一極・多極システムである。この世界では、グローバルなパワーの構造は四つのレベルからなる。


 その頂点はアメリカ。第二のレベルは世界の重要な領域で支配的な役割を演じている地域的な大国。ここに含まれるのはヨーロッパの独仏連合、ユーラシアのロシア、東アジアの中国、潜在的には日本、南アジアのインド、東南アジアのインドネシアなどだ。

 第三のレベルは、ナンバー2の地域大国である。独仏連合に対するイギリス、ロシアに対するウクライナ、中国に対する日本とベトナム、日本に対する韓国、インドに対するパキスタン、インドネシアに対するオーストラリアなどである。

 最後に残るのが第四のレベルの国々だが、グローバルなパワー構造の中で上位三つのレベルの国々に匹敵するような役割を演じていない。

 この一極・多極システムでは、唯一の超大国は明らかに一極システムを好むだろう。一方、主要な諸大国は多極システムを好むだろう。その中でなら、単独であれ団結してであれ、自国の権益を追及でき、より強力な超大国の規制、抑圧、要求に屈しないですむ。現在は1980年代の終わりの一時的な一極システムの時代を通り抜け、おそらく数十年の一極・多極システムを経験しながら、多極システムの21世紀へと進んでいる。

 唯一の超大国の指導者としてアメリカの官僚は極めて自然に、まるで世界が一極システムであるかのように考え、行動する傾向にある。アメリカの指導者たちは常に「国際社会」ということを考え、その名の下に行動していると主張するが、それは幻想であることが多い。まるで一極システムであるかのように行動することで、アメリカはますます世界の中で孤立しつつある。

 一極・多極世界では唯一の超大国は他の大国にとっては脅威となるし、脅威であるとみなされる。地域大国は自らの支配する地域にアメリカが介入することを望まないと次第に表明しはじめており、そうした国の数は徐々に増えている。しかも世界の国々の多くが、このように、アメリカの覇権に対してどっちつかずの見解を持っている。

 ナンバー2の地域大国とアメリカとは、その地域における主要な地域国家の支配力を制限することで利益を分け合うことになる。アメリカが日本との軍事的な同盟関係を強化し、日本の軍事力の過度な増強を支援することによって中国を牽制したのは、その具体例である。

 アメリカとイギリスの特別な関係は、ヨーロッパの統合によって生じたパワーに対する対抗勢力となっている。さらにアメリカはウクライナと緊密な関係を築くことで、ロシアの勢力拡大を阻止しようとしているなど、これらのケースにおいて、他国との協調は地域大国の影響力を封じ込めるという共通の利益になっている。

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