見出し画像

そんなんじゃねえよ

高校が大好きだった。
設立してまだ9年だった高校は、きれいな校舎に未完成な校庭。
野球部は照明がなくて暗くなったら練習は終了、私が所属していた弓道部は青空弓道場で雨が降ったら中練だった。スタートしたばかりの高校という未完成な感じで、ガチガチの伝統もなくて比較的自由な雰囲気が大好きだった。(今は立派なライトや屋根があるそうです)

高校2年、3年の担任は「みのるん」と生徒から呼ばれている、いつも頭をちょっと傾けてスリッパで歩くゆる~~~~い先生だった。
いつもだるそうで、ちょっとにやって笑う、でも生徒の気持ちは分かってくれる。男子のノリに混ざってけらけら笑ったり、冗談も交えながらもちゃんと指導する、怖いけど怖くない、女子の境界線には決して近づかないけど側にきた時は寄り添ってくれた。
みんなが「みのるん」が大好きで、私も大好きだった。

そんな私は、物心ついた時から教員になることを目標としていた。教育学部を目指していたが学力は届かなくて、私立大で得意科目の教員免許を取得しようと考えていた。
卒業して、大学では教員免許取得のために毎日出席した。そして、あっという間にずっと楽しみにしていた教育実習で母校にいくことになった。

母校に行くと「みのるん」はまだいて、一緒に実習に行った同級生と再会を喜んだ。先生と実習生という立場になっても、「みのるん」は何も変わらなかった。ちょっと傾いて、スリッパでパタパタ歩いていた。
実習は最高に楽しかったけど、一方で教員になるべきか悩んでいた。なれる、なれないは別として。一人ひとりの生徒と向き合いたいと思い、実習中は毎日緊張の時間の連続だった。部活にしても、勉強にしても、恋にしても、話しかけてきてくれる生徒の力になりたいと一生懸命になりすぎる自分がいた。私はもしかしたら向いていないのかも。ふと思って「みのるん」に相談してみた。

「先生は、生徒と向き合うの大変じゃないですか。私は、どれもこなしていけるのか自信がなくなってしまいました。生徒のために頑張れるのか、とか。勉強だってちゃんと教えられてるのかなって。考えすぎちゃうから、向いてないのかもしれない。先生は、なんで先生目指したの?」

「そんなんじゃねえよ。難しく考えすぎんなって。やりたいかやりたくないかだけ。向いてるかどうかは、なってみなきゃ分かんないって。」

「みのるん」の話す言葉は軽やかで、心をふわっと軽くしてくれた。
でも、まっすぐ私の事を見てくれたその言葉に、私はまっすぐ答える自信がなかった。沢山の言葉を使って自分の心に鎧を着せていたのかもしれない。

卒業と同時に、教員免許を取得した。
でも、教員採用試験は受けなかった。

「みのるん」の言葉で、鎧を脱いだ私は新しい世界で頑張ろうと決めた。
銀行員となり、転職して今は小売業のシステムの仕事をしている。
システム的なことをしたり、SNS関係のことをしたり、他部署のコンサルみたいなこともしている。今の仕事が天職なのかは分からないけど、毎日心が頑張りすぎない程度にゆる~~~い気持ちで成果をあげれているのは、結果として良かったのかも。

7年前に、自分の会社の店舗で「みのるん」を見かけた。思わずダッシュして声をかけてしまった。「おぉー!」とちょっと高い声をあげて、少し話して、ゆらゆら歩いて買い物に戻っていった。
どんな形であれ、笑顔の私を見せられてよかった。
白髪が増えてたな、みのるん。

#忘れられない先生

この記事が参加している募集

忘れられない先生

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?