北の海でシャチをみかけた。僕と老夫婦とシャチともう一つの時間
僕は偶然、野生のシャチをみかけたことがある。
それはまるで日本ではないような場所で、ナショナル・ジオグラフィックの写真の中にいるかのような場所だった。
自然の中でシャチが生きる時間を感じた瞬間だった。
2014年。僕はママチャリで日本一周をして走り続けていた。
日本の最北端でヨットで日本一周をしている老夫婦と友達になり、一晩飲み明かした。
老夫婦はこれから知床へ行く。
知床半島は世界遺産で人間の手が入っていない大自然が広がる。
僕はここへ行きたかった。大自然を感じたかった。それにヨット旅も気になる。
そのことを伝えると同行することに歓迎してくれた。
ヨットに自転車ごと載せてもらい、知床半島の冒険へ同行した。
老夫婦はもう80歳。アスリートのように動いてヨットの帆を上げた。
僕と老夫婦の時間
オホーツクの海は波もなくビタッと真っ平ら、水面には霧がでていた。
鳥も、魚も、何もいない。
僕と老夫婦だけだ。
水面が鏡のようになって、天と海がわからなかった。
ヨットがハサミのように海を切って進んでいった。
おじさんが「こんなに静かな海は久しぶりだよ」って言った。
日本一周をしているのだからかなり珍しいことなんだろう。
おばさんが僕に塩むすびをくれた。
知床半島が見えると水面がゆらめきだした。風が少しあるみたいだ。
船に酔った僕は胃から塩むすびが出てきて海に吐いてしまった。
おばさんごめんなさい。
シャチの家族の時間
静かな水面が突然ざわつきだした。
小魚が大急ぎて泳いでいる。
逃げ場がなくなったのか、水面にバシャバシャと跳ねた。
すると、突然大きな何かが跳ねた。
大きな体が全身見えるまで、水面高く跳ねた。
空中で一瞬止まったかのように、映画のようにスローモーションに水面に落ちた。水しぶきは波となり、僕たちのヨットにぶつかった。
「シャチだ!」こう言いたかった。
でも自然の壮大なシーンに圧倒されて声も出なかった。
シャチは家族で行動する。
パパシャチが飛び出したあと、子シャチが2頭ほど飛び出してきた。
どうやらシャチの家族は食事中のようだった。
今までシャチをテレビや写真で見たことはあったが、日本のこんなところでシャチが食事をしているなんて想像もしたことがなかった。
確かに大阪の淀川にシャチは跳ねない。
僕の想像していた自然は、想像を超えた体験だった。
おじさん「ヨットに当たったら沈没する。逃げるぞ〜!」
ヨットはシャチから逃げるように進んだ。
確かにこのヨットは小さい。8mほどしかない。
僕は塩むすびを吐いてしまったけど、シャチの家族は小魚を追い込んで食べていた。
知床の大自然でシャチの家族と出会い、時間を共有できた。
そんな気がした。
もう一つの時間
ヨットは知床半島の行き止まり、知床岬へ着岸した。
ここは知床の漁師の拠点の1つでもある、文吉湾という場所がある。
大自然に浮かぶヨットから人工物を見つけた。
ここでは人工物が不自然だがホッとしてしまう自分だった。
ちょっと陸地を探検してみた。
知床半島は世界有数のクマの密集地帯だ。
陸地を数メートル歩いただけで、キツネと出会い、クマの糞を見つけた。
クマの糞を木の枝でスクって匂いを嗅いでみた。
とんでもなく臭い。獣の臭いという匂いか?
糞の中には貝殻や木の実の種が見える。
僕が大阪で自分の足も見えない電車に揺られているとき、クマは木の実を食べ、貝殻を食べに海に来ていたのだ。
僕はおのずとクマの食事を想像して足跡を探してた。
それは、今まで意識していなかった時間と向き合った瞬間だった。
最後に
大好きな星野道夫の小説「旅をする木」に思いを寄せて、ふと思い出した僕とシャチの思い出を綴ってみました。
僕たちが毎日を生きている同じ瞬間、もう一つの時間を確実にゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。
星野道夫「旅をする木 -もう一つの時間- 」より引用
自然を愛するすべての人に読んでほしい本です。
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