Clubhouseに学ぶSNSで拡散されるネーミングの条件
皆さんは今、「Clubhouse(クラブハウス)」という文字列を見て、何を連想しますか?
サンドイッチを思い浮かべる方、ゴルフ場にある施設を思い浮かべる方、そして、今めちゃくちゃ話題になっているあるサービスを思い浮かべる方がいると思います。
この一週間で、私がSNSで最も目にした言葉のひとつが「Clubhouse」です。
私はそれまでClubhouseというサービスを知らなかったのですが、この一週間、特に1月25日辺りから、SNS上で爆発的に拡散しました。
最初はテック業界のビジネスパーソンを中心に拡散し、その後芸能人、そして直近では私がSNSをフォローしているアイドルたちも名前を挙げるようになりました。
私はこの自分のフォローしているアイドルまで届くかどうかというのをサービスや新しい言葉がどこまで普及しているかの目安にしているのですが、それでいうとかなり市民権を得てきていると言えます。
私の専門はUXライティングやコピーライティングなどの言葉に関わる領域ですが、最近考えているテーマのひとつに「多くの人に愛されるサービスや企業のネーミングとはどのようなものなのか」というものがあります。
そんな中で、サービスや会社の名前はこんな感じのやつがいいんじゃないか?とふわっと考えていた条件に、「Clubhouse」というサービス名がめちゃくちゃ当てはまっていたので、今回はその辺りのことについてまとめておきたいとおもいます。
ネーミングに大切なのはいちばん大切なのは「覚えやすさ」
いきなり結論めいたことを書きますが、ネーミングにいちばん大切なことは、「覚えやすさ」だと思っています。
この覚えやすさというのは当然昔からネーミングにおいて大切な要素でした。ただ、ここ数年でその重要性は圧倒的大きくなったと思います。
その理由のひとつが、サービスや企業とのコミュニケーションが、現代では検索からはじまるからです。
ユーザーの消費行動モデルがAIDMAからAISASに変わったなんてことを言われますが、その最も大きな変化が「検索」という行動が追加されたことです。
そして、この「検索」という行動が追加されたことにより、ネーミングの覚えやすさの重要性は圧倒的に高まりました。
なぜなら、人間は自分が覚えたサービス名しか、検索できないからです。
例えば、日本一長い駅名は「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」だそうですが、これを覚えて検索するのは至難の業です。
「覚えられないならコピペをすればいいじゃない」とマリーアントワネットも言っていますが(言ってない)、コピペって意外とめんどくさいと思いませんか?
PCだと簡単ですが、スマホだとカーソルがうまくあわなかったり、そもそもテキストをコピペができなかったり。
UXライティングで私が常に考えているのが「ユーザーの負荷をいかに抑えられるか」なので、この「意外とめんどくさい」は絶対に放置していけないものです。
なので、文字列を見ただけですぐに記憶できて、すぐに手打ちして検索できるネーミングのほうが、機会損失が少なくなると思っています。
つまり、「覚えやすさ」は、「検索しやすさ」でもあるわけです。
また、何か新しく興味を持ったサービスを検索したいと思うのは、何もその名前を見た直後とは限りません。
あの時、あそこで見たあれ、なんだっけ?
みたいなこと、ありませんか?私はめちゃくちゃあります。そして思い出せないことが多いです。
言うまでもく、人間が受け取る情報量はこの数年で爆発的に増加しています。特に私のように情報摂取量が多く、記憶できるメモリーに限界がある人間にとっては、「思い出す」という行為の難易度は年々上がっています。
これがサービス名の場合、「あの時のあそこで見たサービスの名前、なんだっけ?」と思った時に、すぐに思い出せると、そのままサービスの新規利用に繋がる可能性は非常に高いです。
逆に、そこで思い出せないと、大きな機会損失になります。
誰かがサービス名を思い出せなかった数だけ、新しいユーザーに使ってもらえるチャンスを逃している可能性があるわけです。
そのチャンスを逃さないためには、思い出しやすいサービス名である必要があります。そして、思い出しやすいサービス名とは、覚えやすいサービス名です。
つまり、「覚えやすさ」は、「思い出しやすさ」でもあるのです。
この「覚えやすさ」「検索しやすさ」「思い出しやすさ」がサービスのネーミングにおいて重要だと考えた場合、「Clubhouse(クラブハウス)」というネーミングは、すべての条件を満たしているな、と思ったわけです。
SNSで大切なのが「伝えやすさ」
消費行動の変化でもうひとつの大きな変化が、AISASのもうひとつのS、Share(共有)です。共有しやすさ、つまり「伝えやすさ」です。
冒頭で「SNS上で爆発的に拡散した」と書いた通り、今回のClubhouseのムーブメントはSNS、特にTwitterでの圧倒的な拡散によるものです。
その拡散の要因のひとつが、サービス名の伝えやすさだと思っています。
また極端な例を出しますが、例えばClubhouseのサービス名が「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」だったら、ここまで拡散しなかったと思います(それはそう)。まあ、一時的にはトレンドに入ったりするかもしれませんが。
Clubhouseというサービス名が、これだけ多くの人がツイートしたのは、ツイートしやすいネーミングだったからです。
そして、ツイートするためには、当然サービス名を覚える必要があります。
つまり、伝えやすくするためにも、覚えやすいネーミングである必要があるのです。
では、ここからは、覚えやすく伝えやすい(検索しやすくツイートしやすいとも言える)ネーミングの条件とは何なのか、ということについて書いていきます。
初見で読める
UXライティングの観点において、ネーミングで私がいちばん大切だと思っているのが、この「初見で読める」ということです。
UXライティングでは、ユーザーとの言葉によるコミュニケーションの摩擦をいかに抑えるかを考えますが、「名前が読めない」という体験は脳に非常に大きなストレスを与えます。
そして当然ですが、読めないものは覚えられないし、覚えられないものは人に伝えることができません。
その観点で考えると、日本人の場合、アルファベットや漢字ではなく、ひらがなかカタカナの名前であることが好ましいと言えます。ひらがなかカタカナなら、まず初見で読めないということはないからです(それとは別にまたその名前を覚えられるかどうかという問題はあるのですが)。
また、こちらの記事で書いた通り、ひらがなは埋もれやすいという欠点があるため、ネーミングにおいて最も認識しやすいのはカタカナなのではないかと思っています。
そういう意味でも、「クラブハウス」とも表記できるClubhouseはこの条件を満たしていて、実際カタカナでツイートしている人も多いです。これは、日本人にとってアルファベットでツイートすることがめちゃくちゃ負荷が高いからでもあると思っています。
既知の言葉(もしくはその組み合わせ)である
条件の2つ目は、既知の言葉(もしくはその組み合わせ)であるということです。
ネーミングの作業をしていて、大きな分岐になるのが、既存の言葉を使うのか、それとも新しい言葉をつくるのか(いわゆる造語)、という点です。
ネーミングをする際、新しい言葉を開発する手法も、もちろんオリジナリティを出すという部分においては、大きなメリットがあります。
しかし、その分、記憶をするための負荷も大きくなります。覚えやすく伝わりやすいネーミングにしたい場合、ユーザーに対する負荷が大きくなるのは得策ではありません。
一方、既存の言葉は、既知の言葉です。既に知っているので、新しく言葉を覚える負荷がありません。
これを大きく象徴しているのが、いわゆるGAFAのネーミングです。
●Google(Alphabet)
●Amazon
●Facebook
●Apple
Googleを除いて既知の言葉になっています。
そのGoogleでさえ、会社名はAlphabetに変更したため、4社すべての企業名が既知の言葉であることがわかります。
例えば、Appleの社名の由来について、スティーブ・ジョブズはこのように語っています。
僕は果実主義を実践していたし、リンゴ農園から帰ってきたところだったし。元気がよくて楽しそうな名前だし、怖い感じがしないのもよかった。アップルなら、コンピュータの語感が少し柔らかくなる。電話帳でアタリよりも前にくるのもよかった。
ー『Steve Jobs 1』(P118)より引用
Appleは世界で最も企業ブランディングに成功した企業のひとつです。そして、その社名は、彼らにとっていちばん最初の世の中に対するアウトプットだったと言えます。
その社名が世界中の人から愛され、今も変わらず残っていることから考えても、圧倒的に優れたネーミングであることが考えられます。
ちなみに、電話帳のくだり、つまり社名がAからはじまることについては、Amazonも同じ理由だったりします。
創業者のジェフ・ベゾスがアメリカでは、社名・ショップ名が一覧表示された際にABC順で並べられる事が多いことに着目し「A」で始まる社名・ショップ名にしようと辞書をチェックしたところから始まります。その中から、選び出したのが世界最大の流域面積を誇る河川である「Amazon(アマゾン川)」で、自らの会社・ショップがアマゾン川のように広大なシェアを得られるようにとの願いを込めて名付けられました。
ー『Amazonについて』より引用
Alphabetもその意図でネーミングされたかどうかはわかりませんが、ここまで条件が重なると少しは意識したのかもしません。
「クラブハウスって何?サンドイッチ?」現象
少し話がずれましたが、本題のClubhouseに戻ると、Clubhouseも既知の言葉です。
今回特に象徴的だったのが、「クラブハウスって何?サンドイッチ?」とツイートしている人の多さです。
既に認知している同名の別のモノが存在したことによって、「クラブハウス」という言葉そのものがSNS上に流通する頻度が爆発的に増加しています。
その結果、「みんなが言ってるサンドイッチではないクラブハウスって何だろう?」と興味を持つ人も増えたのではないかと思います。
つまり、ユーザーが既に知っている言葉がサービス名になったことによって、SNS上での言葉の流通量が圧倒的に増加し、大きな拡散につながったのではないかと考えられます。
「ポケットモンスター」というネーミングに出会った時の原体験
私がこの「ネーミングでは既知の言葉を使ったほうがよさそうだ」という考えに至った理由のひとつに、「ポケットモンスター」という言葉に出会った時の原体験があります。
ポケモンが発売された当時、私は中学生だったのですが、初めてポケットモンスターという名前を聞いた時、私はこう思ったのです。
「いや、ベタな名前つけすぎやろ。もう少しひねった名前ないの?」
今考えるとどんだけ斜に構えた中学生やねんという感じですし、逆に言うと当時から今の仕事の素質があったのかもしれんと自画自賛してしまうのですが、別に自画自賛したいわけではなく(いや少しはしたいのですが)、ここで言いたいのは、ベタこそが最強ということです。
ネーミングなどをしているとついつい複雑な言葉や新しい言葉を生み出そうとしてしまいますが、本当にたくさんの人に愛される名前というのは、シンプルでわかりやすことが何よりも大事なんだなということを、「ポケットモンスター」という名前の偉大さを考えるたびに思い知らされます。
もしタイムマシンがあって、当時の自分に会えるなら、私はこう伝えたいと思います。
「ベタな名前こそが、最強なんやで」
と。
ちなみにポケモンに関する楽しい情報をお届けするウェブサイトの名前が「ポケモンだいすきクラブ」というのですが、これもめちゃくちゃ好きなネーミングです。
以上、「クラブハウス」ではじまり「ポケモンだいすきクラブ」で終わるという美しい締めになったところで(そうか?)、今回のnoteを終わります。
皆さんがネーミングをされる際の、何かのヒントになれば幸いです。
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