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Kくんとの思い出 - あの日、僕らは何も否定しなかった

「ネット上で宗教に関する話題は出さないほうがいい」と大学の先輩に言われて以来、20年以上その教えを守ってきましたが、今日は宗教について書きます。(ちなみに、ネット上で出さないほうがいい話題は「政治と宗教と野球と尾崎豊」だそうです)
※ なんの結論もない、ただの駄文です。忙しい人は時間の無駄なので読まないでください。

話は僕の中学生時代までさかのぼります。

僕の中学生時代は、色々とあって、大変暗いものでした。学校に行けない時期もありました。それでも、親しくしてくれる友人が何名かいました。本当に有り難く、嬉しかったです。彼らが居なかったら僕の性格はもう少しひん曲がっていたかもしれません。

僕に親しくしてくれた友人たちのうち、何名かの家は、とある宗教に入信している一家でした。複数名そういうクラスメイトが居たのは、たまたまなのか、何らかの理由があったのか、よく分かりません。

ちなみに僕は当時、宗教というものに対して、他の一般的な中学生と(おそらく)同じく、漠然とした思いしか持っていませんでした。ただ、中学1年生のときに祖父が亡くなり、初めてお葬式というものを経験し、大きな仏壇が自宅に置かれるようになり、自分がこういう宗教的お作法のもとに生きることは決まってるんだな、と漠然と理解をしていました。(あとで分かったのですが、僕の実家は臨済宗妙心寺派でした)

彼らのうち1名とは、お互いの家をたびたび訪問する親しい間柄になりました。ここからは彼のことをKくんと呼びます。
Kくんと僕は、当時には珍しく、お互いの自宅にパソコンがあり、ゲームやプログラミングの話題で盛り上がっていたのを覚えています。

Kくんは機会のあるごとに、自分たちの宗教のことを、特に特別なことを語るでもなく、ごく自然に僕に説明してくれました。自分たちが信じている神様のこと、その教えを家族全員が守っていること、その関係で学校生活のうえで他の生徒とは違うルールに従わなければならないこと。まるで「うちの家はすき焼きに厚揚げを入れるんだよ」と語るかのように。
あまりにも自然なので、僕自身も「ふうん」と思いながら、まるでマンガを貸してもらうかのように、彼らの宗教読本を借りて読んでいたりしました。普通に自宅にも持ち帰っていました。普通の家ならちょっとした騒ぎになるかもしれませんが、僕の家族はそのあたり寛大で何も言いませんでした。

Kくんとその家族は、僕や僕の家族に対して、入信の勧誘をするようなことは一切しませんでした。いや、どうだろう。ひょっとすると、Kくんの家族が何度か、我が家のインターフォンを鳴らしたことがあったかもしれません。ただ、普段から宗教の話を自然としすぎていたので、たとえそういうことがあったとしても、普段と同じ話をしてるな、くらいにしか感じなかったかもしれません。いずれにせよ、入信しませんかとか、集会に来ませんかとか、そういう積極的な話は一切無かったと思います。

ある日、Kくんのお父さんが亡くなりました。実はKくんの家が入信している宗教では、とある治療行為が禁忌とされており、それが死因に関係していたようです。我々はまだ中学生で、お父さんは亡くなるには早すぎる年齢でした。
クラスの担任の先生は、Kくんがいない場で、Kくんのお父さんが亡くなったこと、自分が葬儀に行ったこと、その原因と考えられること、その場で感じたことをクラスメートに語りました。その説明は僕にとっては大変グロテスクで耐え難いもので、ここにあまり具体的な内容を書きたくはありません。
この先生は、宗教上の理由により、Kくんがとある学校行事に参加できないことについて、その理由を文章にして提出するようにKくんに求めました。Kくんはその文章を提出前に僕に見せてくれました。普段からKくんの話を聞いている僕にとっては、このような行為がどういう意味があるのか、理解できませんでした。

あれから30年以上の時が流れました。
家族でニュースを見ていると、Kくん一家が入信していた宗教の名前がテレビから流れてきました。ニュースの内容は、それがもし真実であれば、大変痛ましく悲しい内容でした。妻は「嫌いやわ、この宗教」と言いました。それが普通の感覚だと思います。

でも僕は、Kくんのことが大好きでした。
当時Kくんが、ごく自然に自身が信じている宗教の話をしてくれたこと、それを自分が(たまたま)何ら否定することなく受け入れたこと、そしてお互いに何ら強要することなく友人関係を継続していたことを、とても尊いことだったと思っています。

今回の痛ましいニュースを見ながら、Kくんのことを思い出し、大変、複雑な気持ちです。中学を卒業してからKくんとは連絡を取っておらず、彼がどうしているか分かりませんが、彼と彼の家族が、健やかに過ごしていることを祈ってやみません。

Kくん、元気にしているかい。僕は相変わらずだよ。多様性だの何だの言われる時代になったけど、僕はずっと昔に君から、お互いを否定せず大切にすることを学んでいたのかもしれないね。