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アップルの中庭で #3 お月見とピザパーティ(1)

学生の頃、春休みを全部使ってヨーロッパに貧乏旅行に行った。
アルバイトで貯めたお金を握りしめて、初めての海外旅行だった。

初めて空港に降り立った時は、周りの人全員が悪い人に見えて怖すぎてちびりそうだったのに、
帰る頃になると地元民と変わらないくらい図太くおまけを交渉するようになっていた。信号のない道路を、車の運転手と目線を合わせながら、空気を読みながら渡れるようにもなった。

わたしの見つけた新たな住処兼、仕事場のアップルはヨーロッパによくある、中庭のあるアパルトマンによく似ていた。
近くに美大が二つあるから、美大生がアトリエとして自由に使えるようにと大家さんが建てた5階建ての建物。
真ん中には広い中庭があって、季節によって様々な草花が咲き誇る。冬はクリスマスツリーみたいな杉の木に雪が降り積もることもある。

わたしはこの中庭に惚れ込んで、アップルを選んだ。

秋が差し掛かる夏の日。
ゴミを捨てにいくと、壁に見慣れないポスターを発見した。
お月見ピザパーティーのお知らせだった。
お月見でピザ…?

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9月17日の17時から、アップル専用の畑のピザ窯でピザを焼きます!自由参加!酒は各自持参で!
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美大生が頼まれて描いたのであろう可愛らしいウサギと一緒に、ピザ、月見団子、酒を持った大人が描かれたなかなかカオスなポスター。

その日の昼、知り合いが出版する本の表紙になる予定のイラストのラフを描いてたら、LINEの通知が来た。
大家さんからだった。
「ポスター見た?」
「みました!」
「よかったらきてね!ピザやご飯系はこっちで用意するので、飲み物だけ持参してね〜」
「ありがとうございます!ぜひ伺わせていただきます!」

大家さんはとてもいい人で、他人に何かを惜しみなく与えられる人だと思う。
わたしは大家さんご一家が大好き。
常に気持ちにも生活にも余裕があって、全ての生き物に寛容な人たち。
芸術が好きで、地方から上京した美大生の面倒を見ている傍で、わたしみたいにアップルを仕事場として使ってる不摂生な生活をしがちなダメな大人の面倒もみてくれる。
野菜を差し入れてくれたり、すぐ食べれるお夜食をくれたり…奥さんにはね足を向けて寝られねーです。

いやさー。
仕事量を抑えなきゃーって思うんだけど、没頭しちゃうと昼夜を忘れることもあるから、困ったもんね…
まだやれることがあるかもって粘っちゃうのも良くない。やっと最近、折り合いがつけられるようになってきたとは思うけどね。

まぁでも、会社で仕事してた時とは比べ物にならないくらい、気持ちは楽。
やっぱり、毎日の満員電車とか、そこまで好きじゃない後輩のフォローとか、仲悪くはないけど気心を許せるわけではない同僚とか、出世欲と自己顕示欲の塊みたいな上司とかに囲まれてる環境とかさ。あとクライアントからの無茶振りとか、中間管理職特有の板挟みとか、謎の待機時間とか、謎の飲み会とか、謎の人事異動とか、セクハラとかパワハラとか、いじめとか、プレッシャーとか妬み僻みとか、ちっちゃな小競り合いとか、全部、大なり小なりあったんだよな…と思う。
わたしの会社はまだマシな方だって気持ちで働いてたけど、しんどかったなあの頃…

逃げ切れてよかった。

実は美大生のために作ったアップルだったけど、スタジオやアトリエとしての機能が素晴らしく、半分くらいは大人が仕事場兼住居として使っている。
美大生が卒業後も出ていかなかったりもするしね。

だから、わたし以外にも大人は結構いる。
みんな何かしらの創作活動をしてる人たち。

さて、わたしはこれがアップルに引っ越してきて初めてのイベントだけど、お月見なのにピザなのね。どんな感じなんだろう。
初顔合わせの人もいるよなー
ちょっと緊張しちゃうな…
そんなことを思いながら仕事に戻った。

お月見ピザパーティーは1週間後。
どうなるかなー

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