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山とカステラパン 

 私の職場は暦通りの勤務なので昨日が連休のスタート。3月末に感音性難聴を患ってから、なかなか体調が戻らないままスケジュールの都合上、仕事を休むのも面倒で気を張ってなんとか3月末、4月と過ごしてきたので身体はガッチガチに固まっている。この辺りでひと息ついて身体を緩めないと…と思っていたところ、連休前半は夫も娘も出掛けて不在となることを知って、ゆっくり自分の時間を取ることにした。

 昔から、酷く疲れた時は山に行くことにしている。前にも書いたけれど、海は疲れを散らしてくれて、山は疲れを吸ってくれる感覚がある。

 そして、連休初日は朝から近くの山に向かった。この場所は自宅から1番近いうえ、森林公園やトレイルランニングコースにもなっているので適度に整備されていて、1人で行っても安心なところがイイ。

 道がアスファルトから土に変わり、すれ違う人の「こんにちは」との声を聞いて山に入ったことを実感した。マナーに過ぎないけれど、何だか少し嬉しい。こんなところも含めて山は非日常だと思う。

 GWでも人は疎らで、木立の奥へ奥へと入っていくと貸し切り状態になった。木々が防音壁になっているかのように、聞こえてくるのは、風に揺れるさざ波のような葉音と、野鳥の声と、時折顔の周りによってくる虫の羽音だけ。日常で溢れている雑多な音が無いのは、耳の不調な私には正直ホッとする。

 陽射しを遮るほどの鬱蒼とした林の中にすっぽり収まってみると、湯船につかったように心地良い。森林浴とはよく言ったものだと思う。それに、山にも犬や猫のように匂いがあって、この木立に漂う独特の香りが気持ちを宥めてくれる。この香りは癒し効果のあるフィトンチッドと言う成分らしいけれど、そんな話しをすると、昔のCMでの大滝秀治のように「お前の話はつまらん!」と言われそうなのでやめておく。

 小振りのリュックの中に、水筒と昼食の代りに、家にあった近所のパン屋で買った大きなカステラパンを一切れ切り落としてラップに包んで持ってきた。そして、山の匂いに慣れてきた昼近くに、休憩所のテーブルでカステラパンをリュックから取り出しラップを外すと、普段と違って鼻を刺すような強い甘い匂いに違和感を覚えた。この時、カステラパンはココでは異物なのだと感じて、山にとっては人もカステラパンも部外者なんだ…と思った。そう考えると、山でのバーベキューやキャンプなども当然だけど、山にとっては随分と迷惑なんだろうな…。

 そんなことを思いながらカステラパンを頬張っていたら小指の先ほどのカステラの欠片がテーブルの上に落ちた。蟻の餌にもなるし、そのまま払い落とそうとしたけれど、異物を置いていってはいけない…と思い直して、欠片を摘んでビニール袋に入れた。 

 1人で山に来るのは娘が生まれる前までなので十数年ぶり。それからは、家族か友人と一緒だったので、こんなにゆっくり山に浸ることもなかった。こうして、じっくり過ごしてみると普段とは異なる山ならではの体感が心地良い。

 カステラパンを食べ終える頃、遠くから鈴の音が聞こえてきたので、人がこちらに向かって来るのが分かった。ほどなくして、トレッキングポールを手にした1人の細身の男性が姿を現し、休憩所の脇にある石碑の前で頭に被っていたキャップをとり、一礼していった。私は気にもかけなかった石碑はこの山の守り神として祭られている。案内板にそう書かれてあった。私はそれを知識として理解して、彼は実感としている。つくづく自分は馬鹿だな…と思い、石碑に一礼して帰った。

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