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『縦横無尽完結編 on birthday』宮本浩次は人を誘惑し、救うことが出来る人物なのだろう

 私は元来うっかり者である。うっかりエレカシ沼の住人となり、今度はうっかり宮本浩次にそそのかされて代々木体育館の「縦横無尽完結編 on birthday」に足を運ぶことになった。思えばソロコンサートは2019年にリキッドルームでの弾き語りから始まり、気付けばこの代々木体育館を2日間満席にするまでになった。

 そんな宮本浩次はいったい何者なのだろう?という思いがいつも心の隅にある。自由奔放にも見えるが、私から見ると世帯主感が半端ない。エレカシへの責任感はどれほどのものだろう。そして、今のソロ活動は自分への責任感を持って挑んでいるように感じる。自身の持っている、才能や夢や希望を自分のために使い、目指さずにはいられないのかもしれない。どこまでも誠実な人だ。私なんて、日々をソツなくこなすために、ソツなくこなすだけの日々を過ごしている。母や妻や嫁、会社員としての役割には忠実だけど、自分に忠実に生きてきたのだろうか?とこの歳になって考える。人生の終りを迎えた時に、自分から「私の人生の責任取ってよ!」と言われかねない(笑)。そんな思いを抱かせる宮本浩次はやっぱり人生の先導者にも思える。

 そんなことを思いながら曇天の下で開場を待った。幸い雨に降られることもなく、物販には傘をさすことなくファンの皆さんが長蛇の列を作っている。見知らぬ人との不思議な連帯感を勝手に感じながら待つのも楽しみのひとつ。4時過ぎに開場となり、薄っすらと霧がかったような場内に入ると独特の空気感に呑まれる。もう、ここからは別世界。
 
 一曲目の「光の世界」は私にとって2年半ぶりに聴く生の声になる。伸びやかで真っ直ぐな歌声が身体を射抜いていった。歌唱力があるが故の厭らしさも感じられない。これが、宮本浩次の声の魅力だ。途中、声がうわずり泣いているのが分かった。アリーナの後方にいる私には姿が見えないだけに、震える声、つまる息にこちらも涙が込み上げてくる。一曲目から泣かされるとは思ってもいなかったので、ハンカチも出せないままマスクに涙が滲んでいった。
 
 そして、今回、宮本浩次のコンサートを初めて見る私には驚きが多かった。演出どころかマイクさえ要らないのでは?と思う宮本浩次に舞台演出が施されている。会場に広がるミラーボールを見つめながら「sha・la・la・la」の歌声を聴いた時は、MVの世界に入り込んだかのように思えた。エレカシのコンサートでは懐に入り込んでくるような感覚だったのが、宮本浩次のコンサートでは演出と共に、どこかに招かれていくような感覚にもなった。また、「rain」での雨の演出には、頷くしかない。何故なら、雨に濡れた宮本浩次が一層男前を増すのは雨の野音で実証済みだから。とにかく、観客を盛り上げるための演出が随所に散りばめられている。そして、今の宮本浩次を見ていると、求められる姿を充分に熟知し、演じることも厭わずに、演じ切ってくれているようにも思える。さらに、終盤の「あなたのやさしさをオレは何に例えよう」や「ハレルヤ」では場内に祝祭感が溢れ、28曲、3時間近くを存分に満喫して終演となった。

 自宅に戻り、興奮冷めやらぬままにビールを片手に今日のコンサートの感想ツイートを見ていると、こんなツイートがあった。
 

宮本浩次が書いた、「あなたのやさしさをオレは何に例えよう」の『敗北と死に至る道が生活ならば あなたのやさしさをオレは何に例えよう』という歌詞の、人の生活を敗北と死に至る道と表現をするような人が、あなたの優しさを形容できる言葉がみつかりませんなんて言ってるのすごい歌詞だと思った衝撃だった

このツイートを見て激しく同意した。宮本浩次の歌詞には何気ない言葉のなかに聴く者の琴線に触れるものが多い。驚異の歌声を持った詩人でもあると思っている。最近の曲では、「冬の花」の歌詞 

泣かないで 私の恋心 涙はお前には似合わない
ゆけ ただゆけ いっそわたしがゆくよ
ああ 心が笑いたがっている

『ゆけ ただゆけ いっそわたしがゆくよ』も宮本浩次ならでは詩的な表現だと思う。『ゆけ ただゆけ』と私の恋心に言い放った後の『いっそ私がゆくよ』には身を投げだすほどの真摯さが伝わり、この曲の色気となっている。自分の恋心にさえ献身的な自分がいる。どちらの歌詞も深い愛情や優しい眼差しを感じる。
 
 椎名林檎から名器と言われるほどの歌声を持ち、言葉にならない思いを言葉にする才能を持ち、類まれな表現力を持つ宮本浩次には、今はまだほんの通過点なのかもしれない。そして、年々増す色気に改めて、こんな言葉が浮かぶ。「人を誘惑することのできないような者は、人を救うこともできない。」(デンマークの哲学者キルケゴール)
今の宮本浩次は、人を誘惑し救うことが出来る人物なのだろう。

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