表紙絵

漫画で都市と建築 と #私の仕事  「プリンセスメゾン」より 「私の城(メゾン)」を産み出せる歓び

どーも、おっちーです。

漫画で都市や建築を見てみようと言うことで記事を書いていますが、
ぜひ語って欲しいという漫画のリクエストをいただきました。
リクエストを頂いて初めて読んだのですが、とても素晴らしい漫画でした。
しかし、私のこの漫画における共感や感動した部分は、恐らくこの漫画の読者の多くが抱くものとは異なる感動、
私が「設計屋」であるがゆえに得ることができた感動なのかもしれない。そう感じました。
そこで今回は漫画の紹介を踏まえ、設計屋としての「#私の仕事」とリンクしてその内容を書かせていただきます。

今回紹介する漫画は「プリンセスメゾン」です。

●漫画の紹介


「家を買う」という決断をする様々な女性を描いた物語、
家を買う為にギャラリーや現地を巡り奮闘する主人公 沼越幸


彼女を中心とした女性たちの暮らし、住まいを探す大変さとそこから生まれる生活の充実感を柔らかい絵柄でありながらも時に鮮明に描いている漫画です。

単行本には不動産選びのコラムも有り、「家を探す」というテーマの中で
勉強になる内容も盛り沢山となっています。
実写ドラマ化もされたり漫画の賞も獲得している作品です。

●設計屋としての私の仕事 ベストよりもベター


さて突然では有りますが、「#私の仕事」の話をしていきたいと思います。
ご存知の方もいるかもしれませんが私は主にマンション・アパートの建築設計の仕事をしています。
特に全体の計画や部屋の間取りの設計を主にする「基本設計」をしており、ざっくり言うと「この土地ではどのくらいの部屋が何部屋作れるか?」と「部屋の間取り」を作っています。
つまりこの漫画の中で主人公たちが探し求めている「私の城」を作るのが仕事です。
ではどの様に考えて、設計をしているのか?
建築設計の仕事と聞くとクリエイティブであったり独創性がある様に思う人もいるかもしれませんが、
少なくとも私が常に考えるのは「ベストよりベター」です。
ベストというのは「最上」という意味で用いられますが、この「最上」の感覚は当然人によって違います。
また当然、ビジネスとして建築事業や不動産事業があるわけですから事業性を度外視するものは作れません。
すると要求されるのは「ベター」になります。
仕事上、設計案が競合することもあり「競合案よりベター」な設計をする、事業性という事を考えて「妥当」という「ベター」を追求しているのです。

せっかくなのでちょっと設計のプロセスをお見せしましょう。

例としてこの漫画の主人公の幸ちゃんが住む事を決めた、1LDKの部屋の設計を考えて見ます。
まず、全体の計画を決めた中で部屋の平面が決まります。1LDKなので40平米くらい、こんな感じです。


ではここから部屋作っているにあたり、まず考えるのは「居室の日当たり」ですね。当然日当たりが良い方が好まれます。なので食事したり、くつろいだりするLDKと寝たりする寝室は
バルコニーに面して配置します。部屋の大きさは6帖と12帖くらいでしょうか、LDKは少し幅を広くします。



見るとわかりますが、これで部屋の7割が埋まります。
あとは残ったスペースに配管、電気配線設備の収まりを考慮してお風呂やトイレなどの水回り、収納を計画します。これはほぼ消去法で決まります。
この様にベターで設計すると割とすぐにプランが作れます。
あとは細かい判断を個人でしていきます。
例えば

・隣接してるLDKと寝室はドアで繋ぐもしくは引き込み戸にする事で一体的に使える様にする
・収納の面積を抑えてでも洗面、お風呂を広くするか
・キッチンを壁付けにするかカウンターにするか
・リビングからも一体的に使える収納「ウォークスルークロゼット」にする


実際ここまでの思考時間は長くても「30分」くらいです。
決まったら実際に図面に書き起こして細かい部分や収まりを微調整していきますが、実際一つの部屋の図面が書き上がるのはだいたい「1時間」くらいです。
どう感じるかはわかりませんがこれくらいのスピード感と決定力で時に何億にもなる巨大な建物を設計しています。
(余談ですが、よく「一億のプロジェクトを任された・・」とかを語る人がいますが、私は最近は工事費5億超えた設計でないとでかい仕事した実感わきません)
勿論外観やエントランスのデザインと言った細かい部分はそのあとに工事が始まるまでを踏まえてじっくりと練っていくのですが、肝心の住まいは「ベター」を追求し、効率的に、そして時に余計な感情を捨てて行っています。
(私の性格もあるのですが、考えすぎると手が止まるのでわりかし突っ走る事を意識してます。)

●「私の仕事」は「生活を守れる」ならそれで十分かもしれない。

こうして私が設計の携わった建物が世に出るのですが、時々思うことがあります。


「自分の仕事、自分の設計は人様の役に立っているのだろうか?」

作ったプランが全て実現するわけは無く、9割近くは日の目を見ません。
また人口減、不動産の過剰な供給が叫ばれ、そもそも自分の作っているものに意味があるのか、ふと疑問に思うことが有ります。
あと最近ですが、ツイッターで私は不幸にもとても心無いつぶやきを発見してしまい。尚更落ち込んでしまいました。これは川崎で児童を殺傷した痛ましい事件があった直後、犯人像を巡り様々なことが語られましたが、その中で「自称」アーティストがこの様なことを述べていました。

それは犯人がワンルームマンションに住んでた事と重ねてアパート、マンションを「人を殺す建築、空間」と述べていた事です。

この主張が通るなら何百、何千万の人間が自殺者、殺人鬼予備軍となる的外れな暴論です。
しかし私は酷く傷つき、怒りさえ覚えました。
自分を含めた設計屋はそんなつもりで設計をし、建物を世に生み出そうとなんて思ったことはありません。
エゴや思想はありませんが「安心して暮らせる」事を考えて設計しています。
しかし残念ながら私は仕事上、実際に暮らしている人の感想を聞くことはほぼありません。
完成した建物は持ち主の手に渡り、仲介者を介して入居者が決められていきます。
接点があるとしたらクレームくらいです。
つまり何も関わりが無いということは「問題無く生活ができている」そう思うようになりました。
実際素晴らしいと賞賛されなくても構わない。非難を受けたら仕方ない、
ただ自分が作った空間で生活ができ、人生を歩むことができる。
その人たちを見ることはありませんが、そう考えることを自分の「矜持」として持つようになりました。
人の生活、一生を守り、支える。素晴らしく大切な事だと思っています。

●「たった一人のプリンセス」の城(メゾン)を産むと言う歓び

この漫画を通して描かれているのは「一人の女性」が自分の将来、生活を考え、自分の家を探す姿です。
主人公の幸は展示会に赴き、現地を調査し、結果的に「自分の城」を見つけます。
そしてその過程を通して、時に新しい土地での生活に不安を覚えたり、新しい部屋での自分の生活に思いを巡らし、ときめく姿が描かれています。


特に私はモデルの間取りに手書きで自分の理想の生活を描き、胸を踊らせている場面に深い感動を覚えました。


私は前述しましたが「ベター」を目指し、設計して、住まいを作ります。
しかしその過程から生み出しされた部屋の中で自分の生活を想像し、思いを巡らせてくれてる人がいる。
自分の作った部屋が「ワクワクさせる」ものであり、新たな生活や希望を生み出すものとなる。
そして時に「プリンセスの城(メゾン)」となる。
その事を教えてくれました。


漫画かもしれません。フィクションだと思います。

しかし、一億人に一人でも構わない、

自分の産み出したものが人の生活に希望を与え、幸せにするものだったとしたら。

そして、自分が産み出した部屋を大切にしてくれる人がいたとしたら。


生活を支えられるだけでも素晴らしい自分の仕事に、さらに七色の彩りが加えられたように感じました。


自分がこの仕事をしていて良かった。


設計屋をとして人の生活を幸せすることができて本当に良かったと心から思えるようになりました。

自分の作った部屋が、誰かの城(メゾン)となる、それはとても誉れ高いものだと思います。


●後記


今回は漫画の解説、建築の解説や考証というよりは私の設計の仕事論のような文章になってしまいました。
その為今回は noteのお題でもある「#私の仕事」のタグもつけさせていただきました。
高名な建築家の設計した「その人の為」の家で無くても、自分の素敵な住処を探す事はできる。
その生活を通して幸せを見つけることができる。そして、その幸せの実現の為、名もなき設計屋と設計した建物を生み出す職人さんたちがいてくれる。
それはとても素晴らしいことであると少しでも感じることができたら、私としてもこれほど嬉しいことはありません。
ではでは

動画も含め、建築を「伝える」「教える」コンテンツ、場を作る事を目標としております。よろしくお願いします。