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苦くておいしい〜あの夏に乾杯〜


夏になるとやっぱりビールは飲みたくなる。
暑いから?喉が渇くから? もちろんそうだと思う。
けど自分の中ではビールを飲んでしまう一番の理由がある。

それは「苦い」からだ。

ネットで軽く調べた知識だがビールの苦味には抗ストレス作用があり、
またビールの苦味はストレスを感じているときに「美味しい」と感じる傾向があるらしい。
まるで自分が「いつもストレスが溜まっているか」と思ってしまう。けど
ビールを楽しめるようになったのは、この「苦味」を楽しめるようになったからかもしれない。



少し昔の夏のお話。

僕がアパート、マンションの設計の仕事を始めて3年めに入った頃だ。
右も左もわからない状態から卒業し、ある程度考え、自分で設計の仕事を進められるようになってきた。
まだ若いということもあり、有り余る体力も後押しして、どんどん仕事をやっていくようになった。
仕事が楽しいと思ったことは無かったが、やっていく事で自分の存在感を確かめられる、これまでの足手まといがちだった自分を払拭できる事に快感を得ていたのかもしれない。

そんな中、ある一つの案件が舞い込んできた。これは先方の都合で2年くらい進行が凍結していた案件だったのだが、この度再スタートがされる事になった。
しかし問題が一つあった。 
それは当時この案件を主に担当していた担当が一身上の都合で退職しているという事だ。もちろん引き継ぎの為の書き置きなどはあるが、それまでは退職した担当がほぼ専任でやっていた案件であり。
詳しい状況を知るものが殆どいないのだ
(現に僕はまだ入社すらしていなかった)

「私は嫌です。何でこんな引き継ぎをしないといけないんですか?」

僕の2期上の先輩が真っ先に答えた。この先輩はよくも悪くも自分の意志を強く持っている人で、自分の意見ははっきりと言うタイプの人だった。それに退職した担当とはあまり仲が良いわけでは無く、それも理由であるようだった。
僕の部署での担当は僕を含めて3人、先輩と僕、あと半年前に応援でこちらに来た人しかいない状況だった。本来なら、この部署に一番長く在籍している先輩が序列としてやるべきだったのだろう。


「じゃあ。私がやります。」

硬直した空気に嫌気がさしてしまい。僕はこう答えた。
今から思えば、浅はかだったのかもしれない、
しかし仕事をどんどんやれる様になってきており、
「自分ならできる」と言う根拠の無い自信があったのだと思う。
ボスはホッとしだした様だった。「悪いな、大変かもしれないけど頼む」

こうして僕は、引き継ぎの案件を受け持つことになった。

とはいったものの、建物の規模も構造自体も初めて経験するものだった。
(詳しいことは専門的になってしまうのでここでは省略する。)
僕は何もわからないなりに立ち向かった。
わからないものは調べ、役所に相談しに行く事を繰り返した。

そして、手探りながらも図面を整備し、行政の手続きを終え、工事が開始された。
工事が始まってからは楽しかった。初めて見る工事現場だったので時間を盗んでは現場に行った。

得るものも多かった。自分としてはとてもいい経験ができたと思った。


そして工事がいよいよ終わり、行政に完成した建物を検査してもらう時となった。

問題なく完成しているかを確かめる検査であり、いつになっても緊張してしまう。特に今回の様な初めて経験する現場ならなおさらだった。
検査は問題無く進められて行った。これで検査が無事に終われば晴れて完成になる。そう思った時だった。建物の検査官が一つ質問してきた。

「そういえば、このユニットバス、準不燃の仕様になってませんよ?大丈夫ですか?」

私は一瞬何が何だかわからなかった。検査官は丁寧にもう一度説明してくれた。
「この建物の耐火性(火災への耐性)を満たすにはユニットバスを準不燃材料のものにしないといけませんよ。そうしないと、「屋内消火栓」と言う消火器具の設置が必要になります。確か建物の審査の時に打ち合わせしましたよね。?」

簡単に解説する。
担当した建物は規模が大きい為、「屋内消火栓」と言う消火器具を設置しなければならない。しかしこの規定には特例があり、建物の耐火性が保証されている。つまりある程度火災に対する耐性があれば設置が免除できるのだ。
そしてその耐火性を満足するには建物の壁や床、だけでなく、部屋の中に設置するお風呂も火災に強い材料のものを使用しないといけないのだ。


実はこの知識は当時知らなかった。
しかし行政の打ち合わせの時にその提案がされ、僕はよく理解していないまま承諾した。そして、内容をよく理解していなかったからだろう。
この打ち合わせの内容を図面や仕様書に記載していなかったのだ。
そして、確認がされないまま工事が進み、条件を満たしたユニットバスが設置されなかったのだ。当然である。

図面に書いて無いのだから、図面の責任は全て設計者にある。そう、僕にある。

検査官としてはユニットバスを交換しない限り、合格はできないとの事だった。
(因みにこの施工不備は現在レオパレスのアパートでも見つかっている法令違反事例にも近いものであり。決して特殊なケースでは無い)

検査を終えて、ボスに報告した。それからすぐに対応策を現場監督らと一緒に相談した。
完成期日は間近に迫っている。完成してそこに引っ越しする入居者もいる。
もし完成に間に合わなかったら、引っ越し予定の入居者はホテル住まいなどをしないといけない。

損害もそうだが、何よりも「信頼」が失われる。
自分が同じ目にあったら、二度とこの会社が建てた建物には済まないだろう。

ボスや現場監督の手配や判断もあり、完成期日までにユニットバスを全て交換する目処はたった。
しかし、交換するわけだから当然追加の費用が発生する。更に、完成に間に合わせるためには土日を終日全て費やさないと間に合わなかった。何とか職人さんは手配して頂けた。そして僕は、会社に損害報告の始末書を書くことになった。
打ち合わせが終わったとき、当初この案件を真っ先に断った先輩が話しかけてきた。慰めるてくれるかと思いきや、開口一番にこんな言葉を発した。


「何でこんなことしたんですか!?どれだけ多くの人に迷惑をかけたのかわかってるんですか!?」






「・・・ふざけるな!!元々てめえがバックれた仕事じゃねえか!!」



思わず大声で怒鳴りそうなのを全力で堪えた。
爪がくいこむくらい拳を握りしめて、声を出すのを我慢した。
確かに責任は自分にある。それが設計の世界だ、自分の知識、経験の無さ、打ち合わせの記録の不備、そして現場への伝達の不備、全てそうだ。
しかし、そもそも責任自体を放棄し、安全なところから「自分が正義」と言わんばかりの優等生の様な発言には到底理解ができなかった。 

多分、この先輩は自分がこの案件を放棄したと言う事は既に頭に無いのだろう。
先にも言ったが良くも自分の意思が強く、何よりも自分を中心に物事を考える人だったから。

七月の終わりになった頃、職人さんの力もあり、何とか期日までに交換し、完成することはできた。

当然何百万もの損害を与えたこととなり、僕は会社からペナルティを貰った。
そんなことはどうでも良い。ただ、多くの人、特に休みを返上して交換してくれた職人さんに迷惑をかけてしまった事。その事が辛く、苦しくてたまらなかった。


数日後、ボスと一杯付き合う事になった。

「とりあえず生で」

何とか完成に間に合った安堵感はあったが、それ以上に迷惑をかけてしまった心苦しさが勝っていた。

暑い日が続く中でのせっかくのビールもよく味わえなかった。

「あと、ゴーヤチャンプル貰えますか?」

ボスは気を遣ってくれて「この前の事は気にするな」と慰めてくれた。
それが僕にとっては余計に苦しかった。

「そういえば、ビールもそうですけど、なんか苦い物って急に美味しいと思える様になったんですよね。ガキの頃は大嫌いだったのに」

僕はふと口にした。

するとボスは

「それは苦い物、苦しい事でも楽しめる様になったって事じゃない?
 すげえ良い事だよ、設計の仕事なんて、苦しいことの方が多いんだから、
   ネガティブな事をポジティブに良いものとして考えられるのは大切じゃん。
   てか俺たちってデザインセンスとかよりもそれしか取り柄ないからね、笑


苦いもの、苦しい事はいっぱいある、しかしそれを美味しく味わう事、
前向きに捉える事、それはとても素晴らしい事だ。

我慢するのでは無い、苦いものでも皿まで喰らい、味わい尽くす。それが強さでもあり、成長するために一番大切なことなんだと思う。

それは自虐でも、奴隷的な思考でも無い。
単純な生き方、考え方の問題だ。

夏になると、いや夏でなくても最初の一杯のビールは美味しい、

それはビールの苦味が人生をとても美味しいものに変えてくれるからだと思う。

そういう気づきを得たあの夏に乾杯

動画も含め、建築を「伝える」「教える」コンテンツ、場を作る事を目標としております。よろしくお願いします。