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15.心地よい距離をつかまえて 


 
 いつものカフェで久しぶりに再会したわたしたちは、他愛もない話をした。お互いの家族を知った今は、少しプライベートの話題もしやすい。出会ってからの時間は親密度と比例するということか。親密度、と言っていいのかしら。
 そもそも、わたしたちは「友だち」なのだろうか。でも…
 「妻が…」という言葉を聞くと、やっぱりちょっとだけ心に雲がかかるのは何故だろう。
 
 いまは、ふたりでいるのだから聞きたくない。他の女の、はなし。
 そんなふうに思うわたしは、ヘン?
 
 わたしが口に運んだコーヒーカップに目をやり、ふいにDが言う。
 「素敵ですね、そのカップの色」 
 デザイン部門に引き抜かれただけあって、彼は、モノの細かな色合いや作りによく気がつく。大まかなところしか見ず、わたしの服も覚えていない夫とは大違いだ。こういうところ、いけないとは思いつつ、つい比べてしまうわたしがいる。
 テーブルの窓際には、コーヒーカップと同じ柄のシュガーポットが置いてある。
 「独特な形ですね」
 たしかに、あまり見ないおしゃれな作り。
 その蓋をそっとさわるわたしの人さし指。
 その中に挿してあるスプーンの細い柄を、ゆっくりとなぞるDの中指。
 
 こんなに至近距離で、ひとつのものを、ふたりでふれる。
 Dの指が蓋に近づく。
 わたしは、お腹の奥の方が、キュウッとうずくのを感じた。子宮が縮むような、感覚。
 
 
 突然に、
 「ああ、もう行かないと」
 Dはそう言い、サッと席を立つ。
 「あ、そうですね」
 肩透かしを喰らったようなうずきの感覚と、Dのあっけなさとに戸惑いながら、わたしも席を立ち、彼の背中を追った。
 

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